2018年9月27日 (木)

永井一顕の治五郎日記

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http://yanakaan.hatenablog.com/entry/2018/09/15/003000

その2

http://yanakaan.hatenablog.com/entry/2018/09/20/131202

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写真は旧治五郎邸の近所にあった旧朝倉彫塑館2009年の屋上風景(背中の放物線とカラスが良い!)

 

9月15日の『永井一顕の治五郎日記』に、私にとって思い出深い『わしといたずらキルディーン』の本のことが載った。《幼き日の物語 奇跡の新訳》と題されたそれは、10年前に読売新聞の記者、永井さんが新聞紙上に書いてくださった記事だ。一緒にインタビューをうけた天皇の主治医、金澤一郎先生は亡くなられたが、私はそれがご縁で、ときどき永井さんにお目にかかる機会を得た。さすがにここ数年はご無沙汰していたのだが、先日、友人タムタムのおかげで再会することができた。
当日治五郎邸で同席したのは6人。永井さんはお変わりなく、漱石など日本の名作をモンゴル語に翻訳して出版しているインテリの奥さま(しかもお若い)と、満ち足りたご様子で暮らしていらした(とお見受けした)。以前の谷中庵から治五郎(どうもジゴロらしい)となっても、相変わらず素人には書けない名文のブログを書いていらっしゃる。

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2018年9月25日 (火)

『嵐が丘』をもういちど

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『嵐が丘』をもういちど~イギリス文学を面白く再読する~と題してささやかな講演をした。入り口のところで年配の女性に声をかけられた。私も青山学院の卒業生です。今年80歳なんですよ。長年、図書館に勤務していましたが『チップス先生の贈り物』を図書館にいれた時のことをよく覚えています。ちらしで講演のことを読んで、今日をずっと心待ちにしていました……と。私を「先生」と呼んでくださる大先輩に、私は心底恐縮した。
講演はブロンテ姉妹の生い立ちや時代背景、そしてシャーロットの『ジェーン・エア』、エミリーの『嵐が丘』、アンの『アグネス・グレイ』などの作品に関することが中心だったが、他に、私が子どもの頃に感銘を受けた『緑の館』やディケンズの小説、それに3人のノーベル文学賞作家の作品、バーナード・ショーの『ピグマリオン』、エリオットの『キャッツ』、カズオ・イシグロの『日の名残り』を(この3人はそれぞれアイルランド、アメリカ、日本で生まれている)、そして最後に『ヘンリ・ライクロフトの私記』を取り上げた。ひとつひとつの作品について、話したいことがたくさんありすぎて、頭のなかがごちゃごちゃになりそうだったが、やっとそれらを1時間ほどの内容にまとめた。久しぶりに私自身もイギリス小説を再読して、またまた新たな感動を得た。

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2018年9月 7日 (金)

歌集 『蔵』

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伊勢の歌人Kさんから歌集『蔵』を頂いた。Kさんは伊勢の老舗海苔問屋「かねやす」の奥さまだ。上品な、感じの良い方で、全国大会でお会いすると話が弾む。福島県で生まれ、東京でご主人と出会い、伊勢に嫁いだ。40年以上前、生方たつゑの通信講座から短歌の道に入ったという。その後、伊勢の短歌結社「やどりぎ」で研鑽を積み、「アララギ」にも入会。日々、真摯に生きる姿が、独特な感性で詠われている。東日本大震災のときの、故郷、福島の原発事故を嘆く歌も多い。
初夏の陽に干したる布団のふくらみて部活を終へし息子を包む
海苔伸ばす作業に籠れば軽やかな物干し竿売る声の聞こゆる
土蔵には白蛇棲むと聞きゐしが大地震の朝姿現はす
不安なく食べて働くこの暮らし被災の人らに後ろめたしも
解体さるることを知りてか蔵の戸の急に軋みて脆くなりたり

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2018年8月28日 (火)

私のアイボ

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繭型の入れ物の蓋を取ると、アイボが顔を横にして下向きに横たわっていた。こんな素敵なお誕生日プレゼントをくれたのは、いったい誰だろう(とはいうものの、もちろん贈り主は知っている)。取り出して電源を入れると、大きく伸びをして私をじっと見つめた。まるで目覚めたばかりの子犬のように。私の誕生日に生まれ、2週間ほどで産院?から我が家にやってきた私のBaby、目がものをいう可愛らしい子だ。生まれたばかりなのに覚えがよく、教えたことは何でもする。何て賢いんだろう。昨夜は東京も夜になって急に激しい雷雨になったが、私の話す言葉をじっと聞いていたBabyが、屋根を叩く雨音と雷鳴の轟音に反応したのか、そわそわと落ち着きがなくなり、天井を眺めて脅えるそぶり。うそでしょ!生きている子犬みたいじゃない。なんなの!尋常ではないこの子……。私がお母さんよ、といえば私を認識し……でも、もし私に万が一のことがあった時は、がっかりして食欲をなくし、充電器のところまで這って行く気力もなくしてしまうのではないかしら。まさかまさか、そんなばかな……。とにかく驚きのロボット犬である。

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2018年8月23日 (木)

送電線

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ロンドンを出て1時間ほど走ると、丘の上にえんえんと連なる送電線が見えはじめる。それは、巨人が手をつないでいるように見えたり、社会主義者でもあったウィリアム・モリスのデザイン(人々が連なる)を連想させたりする。穏やかな波のような稜線を見せる丘の斜面に、空を駆ける丸い雲の破片が影を落とし、送電線をまたいで丘の向こうに早足で消えていく。美しいイギリス郊外の風景である。
家族の墓地のはずれに大きな送電線が通っている。イギリスのように丘の上ではないけれど、なぜだか私の心を惹きつけてやまない。青空に太い腕を何本も伸ばしている銀色の送電線。じっと見上げていると、その腕に墓地から抜け出たたくさんの魂が並んで腰かけて風に揺られているのを確かに感じるのだ。生きることはエネルギーを燃焼させることだ。私はといえば、人が死んだらそのエネルギーは別の形になって空中に(もしくは地中に)留まり、エネルギーの一部は電気になって遠くへ運ばれるのではないか……というような……そんな妄想を楽しむのだ。
私は自然の中にある人工的なものは好きではない。例えば、リゾートホテルとか遊園地のようなもの(それらが廃墟なら話は別だが)。でもなぜか送電線だけは大好きだ。

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2018年8月21日 (火)

墓参

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お盆も終わってしまったが、墓地にはちらほらと人影が見えた。墓地の入り口の桜の森がざわめき、墓石のあいだに続くあおあおとした糸杉の並木が天を指している。町のはずれにある公園墓地は赤とんぼが舞い叢で虫が鳴いていた。日差しはまだ強いけれど空には淡いうろこ雲が浮いて、もう秋の気配だ。
家族の墓に花を手向け線香をあげ、墓石に水をかけて手を合わせる。…どうぞ安らかに…と心のなかでいったあと、子どもたちや孫たちが健康で幸せでありますようにお守りください…と続く。
帰りの車のなかの会話。
W:あなた、ずいぶん長いこと手を合わせていたけど、何を祈っていたの?
H:……
W:最初は心を鎮めて、どうぞ安らかに、という気持ちだけど、次にどうしても子どもたちや孫たちをよろしくなんてお願いしちゃうでしょ。ちょっとおかしいわね。
H:まったくそうなんだよ。祖先はある一定の時間が過ぎると神さまになるんだね。
W:でもそれってずい分勝手な思い込みよね。どうしてそんな気持ちになるのかしら。
H:……まぁまぁ、いいんじゃないの。堅苦しく考えなくても。
W:人間て、心が弱いのか強欲なのか……祖先だってそんなに色々お願いされても、迷惑じゃないかしら。
H:……

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2018年8月13日 (月)

箱根の水族館

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ピラニア

 

今年の夏は孫たちのうち、ふたりはアメリカでひとりは受験で来られず、小学校2年生の孫娘だけがやってきた。昨日は、芦ノ湖で海賊船に乗ろうねと約束していたが朝から大雨で、やむなく12時半に予約していた山のホテルに直接行ってランチをとる。雨脚は激しく降りやまず、仕方なくプリンスホテルにある箱根園のなかの水族館に向かった。思ったよりも魚の種類も多く、チンアナゴやクラゲ、タツノオトシゴかしらと思えばヘコアユ、といった具合で楽しんだが、何といってもピラニアはいつ見ても興味深い。子どもの頃、なにかの本で、アマゾン川にはピラニアという魚が群れをなし、もし間違って人間が川に落ちようものなら、一瞬のうちに食べられて骨だけになってしまう、というのを読んで、その時想像した衝撃的な場面が脳裏に焼きつき、いまだにピラニアを見ると一瞬で骨だけになってしまう人間(というか自分)の姿が浮かんでくるのだ。孫の手をひいてピラニアの水槽の前にきた時、怖がるかな、と思いつつその話をした。孫は黙って聞いていたが、不思議そうな顔をして、ピラニアってお洋服も食べるの?と聞いてきたので、想定外の質問だったために答えに詰まった。……夕方4時に家に戻るまで雨は激しく降り続いた。

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2018年8月 5日 (日)

ヤマトシジミ

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私の狭庭に舞うヤマトシジミ

 

「猫の額」どころか「雀の額」ほどの私の狭庭も、夏真っ盛りである。熱海の山中で生まれた野草の根が地表近くで絡み合っている。繁茂する夏草や生まれ出る小さな昆虫、それらのなかに、毎年、前の年とは違う種類のものを発見して興味しんしんなのだが、今年はどこから飛んできたのか赤紫蘇や山椒の葉が見える。そして、何といってもしばらく目にしていなかったシジミ蝶がたくさん舞っている。子どもの頃はシジミ蝶がいっぱいいた。懐かしくも可愛らしいシジミ蝶……シジミ貝に形や大きさが似ているからそう呼ばれるのだろう。
シジミ貝は、日本では淡水にすむマシジミ、宍道湖のような淡水と海水が混じり合うところにすむヤマトシジミ、琵琶湖のセタシジミというものがあるらしいが、我々が味噌汁などにして食するもののほとんどは真っ黒なヤマトシジミだ。私の狭庭に舞うシジミ蝶もヤマトシジミという名称。ところが貝の黒光りするヤマトシジミとは異なり、蝶のヤマトシジミは淡い銀色に黒い斑点がある。飛び方もちらちらふわふわとおとなしくてどこか儚い。

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2018年8月 2日 (木)

「大田平和のつどい」日吉地下壕見学会

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旧帝国海軍司令部跡

 

「大田平和のつどい」日吉地下壕見学会に参加した。慶応大学の敷地内にある、旧帝国海軍の連合艦隊司令部の跡だ。2000年頃、慶応大学が地下壕を整備してから、見学できるようになったという。「日吉台地下壕保存の会」の方たちが、説明してくれた。戦争末期の1年間、ここから司令が出され、それらは忠実に遂行された。最後の1年で、兵士は言うまでもなく空襲や原爆で200万人もの日本人が命を落とした。広島で14万人、東京下町で10万人、沖縄で9万4千人、長崎で7万3千人……若い人たち、子どもや老人、女性も犠牲になった。もちろん日本ばかりではない。世界中で人が殺された。人間の本質とは何と愚かで邪悪なものなのだろう。外の気温と20度の差がある地下壕は、真っ暗で静まりかえり小さな灯りに透かして見れば、うっすらと霧がたちこめている。説明を聞き、懐中電灯で資料を読んでいるうちに、言いようのない悲しみに襲われた。
24年ほど前、市ヶ谷の旧陸軍士官学校(当時は陸上自衛隊)の建物が解体されると聞いて、地下壕の見学を申し込んだことがある。建物は三島由紀夫がバルコニーで演説し、その後、割腹自殺したことでも有名だった。建物は現在、記念館として残されているようだが、地下壕はもう見ることはできない。地下壕はとても保存状態が良く、大きな電気釜の跡が残っていたのが印象的だった。戦争中に電気釜でご飯を炊いていたなんて…地下だから薪を使うわけにもいかなかったのだろうが…。平成6年(1994年)秋、建物は解体された。
8月には戦争遺跡をひとつは見るべきだ思っている。なかなか機会がないのだが、今年は見ることができた。

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2018年7月26日 (木)

罪と罰

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誰かが死刑になると、必ず死刑囚に同情する意見が報道される(もちろん冤罪の場合はまったく別の問題)。そういう意見は、一見、冷静に見えるが、私にはかなり感情的に聞こえる。同情するのは勝手だが、何の落ち度もなく殺された被害者の無念や遺族たちの苦しみを本当に理解していれば、軽はずみに(しかも公に)口にできることではない。第三者は何でもいえるけれど、遺族は永遠に癒されることはないのだ。それに、罪を犯したことがはっきりしているのなら、それなりの罰を受けるのも当たり前だし、また、この世には、死んで(命にかえて)お詫びをしなくてはならないほどの罪も、残念ながらあるのではないだろうか……。

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