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2012年12月23日 (日)

クリスマス礼拝



写真は大学礼拝堂

 母が母校のクリスマス礼拝に行きたいといったので一緒に行く。母の母校は私の母校でもある。久しぶりに校門を入るとすっかり暗くなった銀杏並木の向こうに、どことなくおっとりした感じの電飾に彩られたクリスマスツリーが見えた。ツリーは私の学生時代と同じだが、礼拝堂は建て替えられて昔の面影はない。
 礼拝は夕方6時から始まった。 牧師さんの説教は、聖書のマタイによる福音書の第2章。東方の占星術師たちが、星に導かれてベツレヘムにやってきた。彼等はキリスト教とは相反する人たちだったが、幼子イエスに会いその尊さにすべてをささげたという。占星術師たちは預言者のいうとおり、別の道を通って帰って行った。要するに今までの占星術による世界支配を捨てて、キリスト教を選んだ、ということらしい。
 パイプオルガンやハンドベルの美しい演奏、聖歌隊の天使を思わせる歌声、あたかも天上から光りが降ってきたかのような照明、薄暗がりに燃えるろうそくの火、すべてが神聖で荘厳で恭しい。日本人が感覚的に受け入れているキリスト教は(信仰のあるなしに関わらず)、とても美しく文明的だ。特に明治期の学校教育という面では大きな貢献をしたかもしれない。そしてもしかしたら、人に「愛」(どんな形であれ、自分以外の人に心を向けること)を教えたのはキリスト教だったかもしれないのだ。
 けれども信仰とは何だろう。教育され神を信じた人々が…心身ともに浄化されたはずの人々が…人を差別し、弱いものをおとしめ、善良なものを利用してきた。人間はなんと救いようのないものだろう。心の真の「救い」はどこにあるのだろう。
 礼拝は7時半頃終わった。母と共に教会の外に出たら、寒風が空を渡り名残のいちょう葉を吹き飛ばしていた。

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