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2014年7月 5日 (土)

大多喜の水道跡

 房総の大多喜へ行った。大多喜城の坂道を下ると水道跡がある。江戸時代、房総で一番大きな町だった大多喜だが、水は川まで汲みに行かなければならず、常に水不足に悩んでいた。そこで明治2年、藩知事大河内正質は城山から水をひくことを計画した。豪商小高半佐衛門が世話役となり、三上七五郎、高橋四郎左衛門などが中心になってその計画は進められた。
 明治2年に着工し翌年には完成、大多喜に住む人々の力で、町にやっときれいな飲料水が行きわたったという。さらにすごいのは、昭和29年、町営の水道がひかれるまで約80年間使われてきたということだ。
 側面にはノミの跡もはっきりと残っている。暗い水道をのぞくと、遠くに小さな明りが見える。こちら側の取水口から流れた水が、あの明りの先に広がる町や村々に行きわたったのだろうか……水はどちらに向かって流れたのかちょっと分からないが、とにかく、崖の中腹に掘られた細い水道だ。
私はこういうものが好きだ。伊豆の一碧湖にある取水口も美しかった……。

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