« 保育園の敬老会・1 | トップページ | ……というふうに考えています »

2016年9月19日 (月)

『オリンポスの果実』田中英光・2

DSC_6269

先日、某文学継承会のメンバーと伊豆三津浜の安田屋旅館へいった。安田屋旅館は、太宰治が太田静子の日記をもとに、小説『斜陽』のはじめの2章を書いた文化財建築の古い宿だ。

この旅館を太宰に紹介したのは、後に『オリンポスの果実』を書いた田中英光だった。田中は文部省高官の父と伯爵家血縁の母のもとに生まれたが、オリンピックから帰国後、左翼運動に傾倒していく。

伊豆に疎開していた田中は、安田屋旅館の主人とその頃に親交を深め、太宰も滞在することになったのだ。昭和22年の2月27日から3月6日までのこと。太宰の部屋は2階の角部屋「松の弐」で、田中はその下の部屋に滞在してそれぞれ原稿を書いたという。昭和23年、太宰は女性を道づれに自ら死を選んだが、田中は太宰と同じように妻以外の女性と同棲し、同じようにカルモチン中毒になり、太宰の死の翌年、墓前で自らの命を絶った。

安田屋旅館には数年前にも泊まったことがある。廊下の突き当りの手水場に八重のどくだみがひっそりと活けられていて、静けさがいや増すようだった。窓の外には、淡島と富士山を逆さにうつした穏やかな海が広がり、その向こうへ、空を真っ赤に染めながら夕日が沈んでいった。

今回、安田屋旅館の玄関を入ると、以前とまったく雰囲気が変わっているのに驚いた。とにかく若い人たちが多く、みな、気楽な格好で出入りしている。入って左手の壁に大きな眼の女の子たちが描かれた数枚のアニメのポスターが張ってあり、その傍に置かれた交流ノートに一生けんめい何かを綴っている青年が……。きけば、『ラブライブ・サンシャイン』という漫画があり、それをテレビで放映し始めたとのこと。その舞台のひとつがこの安田屋旅館で、主人公のひとりがこの旅館の娘という設定らしい。気分を味わうために、日帰り温泉にくる若い女性も多いとかで、太宰治も顔色なし、というところ。私たちは文学を愛好する仲間だが、こういうものに心惹かれてやってくる人たちもいるのだ。そうはいっても、興味のあるものに対する好奇心や、夢や憧れの根本は、つきつめれば文学も漫画もそして老人にとっても若者にとっても同質のものであるに違いない。まぁ……夢の深さや色合い、その成熟度や完成度は、やはり少し隔たっているような気もするが……。

|

« 保育園の敬老会・1 | トップページ | ……というふうに考えています »

日本文学」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/192606/64226167

この記事へのトラックバック一覧です: 『オリンポスの果実』田中英光・2:

« 保育園の敬老会・1 | トップページ | ……というふうに考えています »