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2016年12月

2016年12月30日 (金)

ピーターパン

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保育園のクリスマス会にいった。出し物は『ピーターパン』。孫はウェンディに扮して演技をしたり踊ったり……。この『ピーターパン』は夢の島ネヴァーランドへいき、海賊と戦う冒険物語、バリーの原作、この世に生まれて1週間しか生きることができなかった子ども、ピーターの話ではない。

原作は……ケンジントン公園のサーペンタイン池の島で生まれた小鳥たちは、人間の子どもになるために、一羽、また一羽と飛び立っていく。ピーターパンも、この島から母親のもとへ飛び立っていくのだが、生まれて7日目に人間になるのをやめて島へ戻ってきてしまう。島に帰り、すっかり飛ぶことを忘れてしまったピーターパンは、ツグミの巣にパジャマの帆を張って池を渡り、夜のケンジントン公園に出かけていく。そして妖精たちの華麗なダンスパーティーで自慢の笛を披露し、妖精の女王からご褒美に羽をもらって、もう一度母親のもとへいくことを許される。けれども、母親が他の子供を抱いて眠っているのを見て、ピーターパンは泣きながら島へ戻ってくる、という物語。

ほんの100年ほど前までは、一般的に子どもなどぜんぜん大切にされなかった。それはどこの国も同じだ。7歳か8歳になれば大人と同じように働かされ、ほとんどの子どもは教育も受けさせてもらえなかった。親が食べるものにことかけば、女の子は僅かのお金で売られてしまい、男の子も長男以外は家から追い出されて親からは何も与えられなかった。幼い頃に命を落としてしまう子どもも多く、結局、生命力と運の強い子どもだけが生き残って子孫をのこすことができたのだ。明治時代に学校制度ができて、少しずつ子供の人権が認められるようになったが、戦後70年ほどたった今のように、子ども中心の家族になろうとは、誰も思っていなかっただろう。それにしても、会場は、ぱぱままぱぱまま、じじばばじじばばじじばばじじばば。ほとんどが子どもひとりに5人から6人の見学者がついている。ビデオやカメラをかまえて舞台を見つめている姿をながめていると、今の子どもたちは恵まれているなぁとつくづく思う。

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2016年12月12日 (月)

法師温泉

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法師温泉に行った。法師温泉は昔から知る人ぞ知る古い湯治場だった。その長寿館は川瀬巴水の版画にもなっている。しかしここを決定的に有名にしたのは、1982年の国鉄「フルムーン」のコマーシャルだった。コマーシャルに使われたのは明治時代に造られた湯殿だが、そこは今でも昔ながらの混浴だ。

部屋は明治8年に建てられた本館2階の突き当り。8畳間の周囲は雪見障子で仕切られた廊下がめぐらされ、窓からは別館と法師川が、その奥に冬枯れの山が見えた。

お茶を入れてくれた仲居さんに、この部屋には誰が泊まったのですか、と聞くと「私はアルバイトなので、ちょっと待ってください。聞いてきます」といって出ていった。戻ってくると、ここは川端康成が泊まった部屋だという。そして床の間を指さして、「そこにかかっているのは、川端先生の息子さんの直筆の歌なんです」という。見れば『いにしへに父やどりしをおもひ出で囲炉裏に上座賜ひます宿・旅人』と書かれた軸がかかっている。「旅人……旅人といえば若山旅人、牧水の息子ではないかしら」。すると仲居さん、「いいえ、これはただの旅の人、という意味ですよ」などという。本当にそうかしら、見れば見るほど、牧水そっくりの丸い文字で書かれている。若山牧水も法師温泉に泊まり、帰りに沼田の生方家(生方たつゑの嫁ぎ先)に立ち寄ったことがあるのだ。展示棚には生方家から寄贈された牧水のとっくりなども置いてある。きっと仲居さんが間違えて聞いたのだろう。この本館には、政治家や軍人、小説家や歌人など、本当にたくさんの人々が宿泊した。与謝野晶子などは籠に乗ってやってきたらしい。そんな写真も展示してある。

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