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2017年10月13日 (金)

新郷村・キリストの墓

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長い間行ってみたいと思っていた青森県の新郷村。私の変わった趣味にいつも付き合ってくれるのは高校時代の親友A子。彼女とは50年前からニューギニアにいく約束をしているのだが、まだその約束は果たされていない。東北新幹線には初めて乗ったが八戸まで3時間あまり、信じられない速さだ。

途中、物産館に寄ったり食事をしたりして新郷村に着いたのは午後3時頃。まず、A子が予約してくれた新郷村温泉会館に行って荷物を下ろしたが、温泉付き素泊まりの施設で、なんと一泊2800円。自分で布団も敷かなければならない。新郷村の宿泊施設はそこしかないといっても、本当に大丈夫だろうかと怪しみつつ、それでもまずはキリストの墓へ。

車を降りて、らせん状の坂を上って行く。丘の上には土饅頭が二つあり、それぞれ「十来塚」と「十代塚」と書かれ、木の十字架が立っている。それがキリストとキリストの弟イスキリの墓だという。「21歳で来日したキリストは33歳でユダヤに帰国し、布教活動をしたが捕えられて磔刑に処せられたとされるが、実は弟のイスキリが身代わりとなったもので、キリストはその後再び来日し、106歳まで生きた」と、説明板にある。これをばかばかしいと一笑に付すにしては、あまりにも興味深い。

なぜこの村にキリストの墓があるのか。これは、昭和初期、茨城県にある皇祖皇太神宮(こうそこうたいじんぐう)の管長、竹内巨麿(きよまろ)が興した天津教に関係があるらしい。天津教は、「神武以前の天皇の血統が人類の祖先となって世界を統治していた」とするもの。天津教は、当時の国民意識の統一と国威発揚を目ざした軍国主義の方針と相俟って、多くの信者を抱えた新興宗教だった。竹内は皇室に対する不敬罪の容疑で逮捕されるが、結局無罪になる。天津教の経典のような「竹内文書」には、キリストもその範疇にある(天皇の子孫ということ)とされ、キリストの遺言まで記されている。それにしても「竹内文書」と呼ばれる古文書は面白い。もちろん古文書ではなく捏造されたものには違いないのだが、とにかくその奇想天外な物語は、まるでイギリスの宗教的ファンタジーのようだ。

それにしても聖書にはないイスキリという弟がいて、キリストの身代わりになるなどというところは、まったく日本的だ。西洋では主従関係での身代わりは美化されているようだが、兄弟は往々にして仲が悪いものなのだ。とにかく、書いたのは教祖自身なのだろうが、最初に新郷村に目星をつけておいて、物語の構想を練ったのか。でも、なぜこの新郷村(旧戸来村)に焦点が当てられたのだろう。特徴のある風習、方言の強い言葉などが都合の良いように解釈されたのだろうか。私としては……江戸末期ごろにキリスト教の宣教師(多分、青森ならロシア正教だろう)が布教のためにこの山深い寒村にきて、何らかの原因で命を落としてしまった、村人たちは宣教師を葬ったが、長い年月の間に宣教師はキリストとして祀られて……などと妄想するのだが、多分そんなことなども、ないのだろう。結局、すべては作られたもの。どんな村にも地形的には小高い丘も平坦な場所もある。

いずれにせよ昭和初期、青森県の山村で始まった騒動は、今や、大々的なお祭りにまで発展し、6月には多くの観光客を集めるという。この村に伝わる盆踊り歌「なにゃどらや、なにゃどなされの、なにゃどらや…」は、ヘブライ語で歌われる古代ユダヤの軍歌に酷似しているという説がある。けれども、民俗学者柳田国男は女性が男性に呼びかけたもので「なんなりとおやりなさい…」などという意味だと解釈している。私としては、農耕民族の収穫祭に相応しい柳田説に説得力があると感じるが、ヘブライ語説はまた別の意味で楽しい。

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コメント

日本にユダヤ人が来ていた、とする説はあるそうですね。ケン・ジョセフの景教についての著作はどうですか?
ユダヤ人とよく似たアッシリア人、ヘブル語とよく似たアラム語が日本に来ていても全然不思議ではないです。今のシリア難民のように、お金も種々の知識・技術も持っていれば、重宝され、崇められ、また恐れられたことでしょう。
吉野の蔵王堂の鬼もペルシャ調の洒落たネックレスしてます。赤鬼青鬼って、白人が興奮したり、蒼白になるとそう見えたのかもです。

投稿: れもねーど | 2017年11月 8日 (水) 22時01分

投稿: | 2017年11月 8日 (水) 22時03分

コメントをいただき、興味深く拝見しました。宗教関係の著書は多くあるようですが、私としては宗教よりも、宗教や学問を創造してきた人間そのものに興味があります。ブログ、お読みいただき、有難うございました。

投稿: | 2017年11月 9日 (木) 11時13分

歴史の表舞台の奥の、宗教や風習の背景をあれこれ考えるのは楽しいものです。
ロシアでは、クマを神の使いと見るとか。アイヌとのつながりを連想させます。
ケン・ジョセフの著作は2,3世紀の頃アジア大陸を東進したであろう人々の姿、6世紀世紀に日本で例えばこんなふうに溶け込んだかも、と描き出している点が魅力です。10月25日のNHK探検バクモン「奈良」では、木簡に遺された赤裸々なつぶやき、ペルシャ人の横顔などが紹介されました。

投稿: れもねーど | 2017年11月 9日 (木) 22時04分

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