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2018年3月21日 (水)

W・デ・モラエス(1)

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写真は「和田の屋」

 

若い頃、賑やかな阿波踊りの雑踏のなかに佇む、背の高い孤独なポルトガル人の姿を思い描いては、哀感をそそられたものだ。いつかモラエスが暮らした徳島に行きたいと思いながら、長い間機会に恵まれなかった。でもついに行ってきた!モラエスはポルトガルでも著名な文筆家だ。図書館で、モラエスの著作を3、4冊、瀬戸内寂聴の戯曲『モラエス恋遍路』、そしてモラエスを主人公にした新田次郎の未完の小説『孤愁』を借りて読んだ。これは最後の部分を藤原正彦が父親のあとを書き継いで完成させている。
朝、羽田を発って、徳島阿波踊り空港(今や空港までキラキラネーム)に着いたのは10時15分。まずは「徳島県立文学書道館」へ。モラエスの資料は思ったよりも少なかったが、瀬戸内寂聴はじめ徳島に関係のある作家と書家の資料が並んでいた。そこからモラエスとヨネゆかりの春日神社の焼餅屋「和田の屋」(当時は「米善」という名の茶店)に行き、菊型が焼きつけられたあんこ入りの餅を食す。店の人は、今年は雪がひどくて黄色い5弁の花をつける黄花亜麻がだめになりました、といっていた。滝も水が枯れている。モラエスとヨネがここで再会したというブラジル領事館員コートの証言があるらしいが……ともかく1900年、当時神戸のポルトガル領事館に勤務していたモラエスはヨネと結婚し、領事館に近い山手通りで暮らし始めた。1912年にヨネが他界したあと、モラエスはヨネの郷里徳島へ移り住み、ヨネの姪コハルと同棲する。けれどもコハルもまた1916年にヨネと同じ結核に侵され、23歳の若さで他界した。モラエスはふたりの墓を守りながら徳島で暮らし、75年の生涯を終えた。「和田の屋」から歩いて10分ほどの「潮音寺」境内に、コハル、モラエス、ヨネと3つの墓が並んでいる。しかし寺は趣もなく、区画整理されて墓石もまばらだ。モラエスが歩いた道や住んでいたあたりを巡って、ロープウエイで眉山に上り徳島の町を見下ろす。何といっても雄大な吉野川が美しい。

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