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2018年10月

2018年10月26日 (金)

ニューヨーク*メトロポリタン美術館

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『クロード・モネ』原本と翻訳本

メトロポリタン美術館、通称「THE MET」。古い絵画はルーブルやプラド、ウフィツィに比べるとかなり見劣りするが、それでもプラドで見慣れたゴヤ、ベラスケス、スルバラン、リベラなども少し並んでいる。しかし19世紀、20世紀前半の絵画は充実している。ミレー、コローなどのバルビゾン派、それにギュスターヴ・モロー、スーラ、ゴッホ。さらに印象派のドガ、ルノアール、そしてモネ。今回の私の目的はモネ。7月に発売された私の翻訳本、ロス・キング著『クロード・モネ』に登場するモネの作品のうち、(もちろん、睡蓮やルーアン大聖堂も良いのだが)『サンタドレスのテラス』と『ラ・グルヌイエール』が見たかったのだ。この2枚は並んで壁にかかっていた。それほど大きな作品ではないが、まだ有名になる前のモネの若い頃の作品で、ある種の清らかさがある。ミュージアムショップにはロス・キングの『クロード・モネ(Mad Enchantment)』が置かれていた。出版社で用意してくれた布張りの本と装丁が違っていたので、1冊、記念に買い求める。

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THE MET・『Mad Enchantment』

因みに、9月に横浜美術館で開催されていた「モネ展」に行った時に、ミュージアムショップに私の翻訳本『クロード・モネ』が置いてあったのでちょっと嬉しかったことを思い出した。

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横浜美術館・訳本『クロード・モネ』

その日の夜、ステーキハウスにいわゆるニューヨークカットを食べに行った。パイプの収集で知られる古いレストランで、天井を見上げると古いパイプがいっぱい並んでいる。店の入り口にあるショーケースにはルーズベルトのパイプなどもあり、アインシュタインやベイ・ブルースなどもメンバーだったらしい。クラブのメンバーは9万人だったとか。

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2018年10月25日 (木)

ニューヨーク*ワシントン・アーヴィングとシャガール

ニューヨークに住んでいたR子さんから、ニューヨーク郊外のアーヴィントンにワシントン・アーヴィングの終の棲家がある、と聞いて是非訪ねたいと思っていた。さらに調べてみると、スリーピー・ホロー村の墓地にアーヴィング家代々の墓所があり、またその近くにシャガールのステンドグラスが嵌った教会があることがわかった。

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ワシントン・アーヴィングの墓

まずはスリーピー・ホロー村へ。スリーピー・ホロー村は、もとはといえばオランダ移民の村。『リップ・ヴァン・ウィンクル』も、『スリーピー・ホローの伝説』もオランダの民話をもとにしている。墓地の表門で貰った地図を見たら、アーヴィングの墓はかなり奥だということが分かり、一度外へ出て裏門から入り、車を降りる。雨模様の空の下、小高い丘の斜面に墓地が広がっていた。坂の中腹にアーヴィング家の墓地が見えた。たくさんの墓石の中に少し大きなものがあり、そこに星条旗が掲げられている。墓碑にワシントン・アーヴィングとある。この国では、ワシントン・アーヴィングは最も知名度の高い作家のひとりなのだ。スペインにいた頃、ワシントン・アーヴィングの「アランブラ物語(アルハンブラ物語)」を繰り返し読んだが、アメリカやイギリスに関する作品にはあまり興味がなかった。

 
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サニーサイド・アーヴィングの家

しかし今や、イギリスもアメリカも大いに興味の対象である。アーヴィングの終の棲家は、アーヴィントンのサニーサイド、墓地から近い距離にあった。11時のツアーに入って説明を受けながら見学した。ガイドはかなり老齢な女性で、当時の衣装を身に着けている。海外では珍しいことに家の内部は撮影禁止。玄関を入ると、右手に書斎、左手にハドソン川が見渡せる広い食堂。食堂の並びにメイド室。その奥には談話室があり、グランドピアノの譜面台には『サニーサイドバレー』という題名の楽譜が置かれていた(どんな曲なんでしょうね)。2階に上がると、寝室が3部屋。そのうちのひとつがアーヴィングの寝室だ。階下にあるキッチンには大きな暖炉があり、それで煮炊きをし、家全体の暖房もしていたという。オランダ風の母屋のとなりにスペイン風の家があるのだが、庭を含め、すべてアーヴィングの設計だという。政治家でもあり、外交官でもあり、作家でもあったアーヴィングは、さまざまな才能に恵まれた人だったのだろう。

 

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ユニオン・チャーチ・シャガールのステンドグラス

その後、激しい雨に降られながら最後の目的地、ユニオン・チャーチに向かう。シャガールのステンドグラスは想像以上にとても素敵だった。何といっても色が美しい。祭壇から見て後方(正面)に大きな1枚。横壁に4枚ずつ、合計9枚のステンドグラスがある。祭壇上方の丸窓のステンドグラスだけはマティスのデザインで、死の2日前に仕上げたという。因みに入場料がひとり7ドル、撮影禁止というのだが……まぁ丁寧に説明はしてくれたが。このあたりはロックフェラー一族のゆかりの地で、この教会はロックフェラーの援助で建てられたとか。ユニオン・チャーチは行きがけの駄賃だったが、見ることができて良かった。

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2018年10月19日 (金)

ニューヨーク*スリーピー・ホロー

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ザ・グレイト・ジャック・オ・ランタン・ブレイズ

『スリーピー・ホローの伝説』は『リップ・ヴァン・ウィンクル』と同様、ワシントン・アーヴィングの『スケッチブック』のなかにある伝承民話だ。『スリーピー・ホローの伝説』は、首のない騎士に追いかけられて村はずれの橋のところで命を落とす(行方不明になってしまう)イカボッド・クレインの話。このふたつがニューヨーク郊外を舞台にした言い伝えとして、今も人気があるらしい。特にスリーピー・ホローの伝説は映画で有名になり、モデルとなった村は、村おこしのためかタリー・タウンという名(アーヴィングのよる)をスリーピー・ホローと変えてしまったとか。

スリーピー・ホロー・カントリー、ハドソンバレーにあるヴァン・コートラント・マナーの「ザ・グレイト・ジャック・オ・ランタン・ブレイズ」に行った。毎年、ハロウィンに因んで開催されるが、アメリカの子どもたちにとって、ハロウィンは特別印象深いお祭りだ。まさしく、レイ・ブラッドベリの小説『何かが道をやってくる』の世界なのだ。私は学生時代にこの小説を読んだが、これこそが、「心惹かれるアメリカのハロウィン祭りの印象」だった。巨大なオレンジ色のかぼちゃの中身をくりぬき、お化けの顔やケルトのレース模様を彫り込み、ひとつひとつ灯りをともして、スリーピー・ホローの伝説に出てくる首なし騎士をはじめ、動物や昆虫、巨大な蜘蛛の巣、それに汽車や自由の女神などを形作ったりなど、さまざま工夫を凝らして展示している。ジャック・オ・ランタンとは鬼火のようなもの、そういえば私が10年前に訳した『わし姫物語』のなかにも出てきた。

……会場へ向かう暗い道路を車はひた走る。うっすらと立ち込めていた霧がだんだん濃くなり、すれ違う車のライトがいきなり現れて、真っ赤な鬼火のように後ろへ遠ざかる……これから何が起こるのだろう……と思う間もなく会場に着いたが、なかなかの人出。展示物が見えないほどの混雑ではないが、子連れ孫連れでいっぱいだ。会場には他に照明はなく、すべて赤く点るジャック・オ・ランタンの灯ばかり。その暗さが独特の雰囲気を醸し出している。

私はその日、熱を出していた。いつもは決して飲まない風邪薬を飲んで出かけたので、どこか心身ともにふわふわとして……まぁ鬼火を見るにはちょうど良い気分だったかもしれない。息子の家に帰って熱を測ると37、9度。再び風邪薬を2錠飲んでうがいをして寝た。

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2018年10月18日 (木)

ニューヨーク*リップ・ヴァン・ウィンクル

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キャッツキル村

ニューヨークに行ってきた。6年ぶりの国際線にも疲れたが、時差が辛い。何とか現地時間に合わせて行動しようとするが、日本で寝ている時間はどうも頭も身体もぼぉーっとしている。今は、帰国して6日も経つのにまだ日本時間に慣れず、毎晩、夜中の3時に目が覚めてしまう。そして目覚めたばかりのリップ・ヴァン・ウィンクルのように、何もかもが変わってしまったなどという妄想にとらわれる。

『リップ・ヴァン・ウィンクル』は、アメリカ人作家、ワシントン・アーヴィング(1783年~1859年)の『スケッチブック』にある短編小説。ニューヨーク郊外のキャッツキル山中にあったオランダ村に伝わる民話をもとに書かれた。それはアメリカ独立戦争の頃のこと。ある日、深い森に迷い込んだリップ・ヴァン・ウィンクルは森のなかで不思議な人々と出会う。そして彼らと一緒に酒盛りをしてぐっすりと眠り込んでしまう。やがて村に帰りつけば、20年の歳月が過ぎ何もかもが変わっていた、というもの。森鴎外も、日本の浦島太郎伝説に似ていることに興味を持ち、ドイツ語から重訳(原文は英語)している。

キャッツキル山に行ってみたい!と息子に頼んで日曜日に車で連れて行ってもらった。町を出ると道はすぐに森のなかへ。北へ向かうせいか、紅葉した樹々が少しずつ増え、黒い石礫のような鳥の群れが森の上を旋回する。1時間半ほど走っただろうか、「ようこそリップ・ヴァン・ウィンクル・カントリーへ」と書かれた看板が見えた。そこから20分ほどでキャッツキル村に着く。静かな美しい田舎町だが、夏は観光地としてにぎわうのだろう。ランチをとるために入ったレストランでは、ジャズの生演奏が始まったばかりだった。昼食の後、村の通りを歩いていたら、ある店先のショー・ウインドーに置かれたトマス・コールの写真が目に留まった。トマス・コールは19世紀の風景画家。イギリスで生まれ、10代後半で家族とともにアメリカに移住。のちにキャッツキルに住み、その風景を描き、キャッツヒルで没した。享年47歳。そのあと一軒の骨董屋に入り、水色のガラスでできた古いブローチを、18ドルと値札にあったが15ドルに値切って買った。

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