わしといたずらキルディーン

2015年8月25日 (火)

貝がら

お土産の貝がらとさんご

夏休みもそろそろ終わり。孫たちが海に行った。「お土産は何もいらないけれど、耳に当てるとザァーと波の音がする貝殻を拾ってきて」と3人の孫娘それぞれに言った。ふたりはまっ白なサンゴやとりどりの形の貝殻をとにかくたくさん拾ってきた。「ザァーと音のする貝がらなんてなかった」ということだった。ひとりは「ザァーと波の音がする貝殻がどうしても見つからなかった」と何も拾わずに帰ってきた。親の話だと一生けんめい捜していたようだ。それでも波の音がしなかったので拾わなかったらしい。子どもの性格も様々である。

私は小さな女の子が貝殻を拾っている姿が大好きだ。それはきっと『わし姫物語』の王女キルディーンを思い出させるからなのだろう。わしに海に連れていかれ、波に洗われて浜に打ち上げられるが、ふと周りを見ると色とりどりの様々な形をした美しい貝殻が散らばっている。王女は何もかも忘れて無我夢中で拾い集めるのだが、ふと、自分はひとりぼっちで、それを見せて一緒に喜べる人が誰もいないことに気づいて、夢が覚めたように悲しくなる。その場面を思うたびに、幼いころの自分の気持ちが思われて懐かしくなる。

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2010年12月13日 (月)

ボヘミア手彫りガラス展

 10日から12日まで銀座のDAIKOKUYA GALLERYで『ボヘミア手彫りガラス展~わしといたずらキルディーン~』が開かれた。
 ルーマニア王妃マリーの自伝的童話『わしといたずらキルディーン』を翻訳出版してから、はやいもので2年以上の歳月が流れた。しかし原書に描かれた挿絵画家ジョブのキルディーン姫は永遠に可愛らしく、物語の様々な場面から泣いたり笑ったりしながら見る人に訴えかけてくる。
 それらの挿絵が16枚の赤い被せガラスの皿に丁寧に彫られ、シックな額に入れられて壁一面にかかっていた。一枚一枚の額の下に記されたストーリーは頼まれて私が書いた。いずれも素晴らしい力作。他にも、鏡、ワイングラス、コンポートなどにも大小様々のキルディーンが彫られて部屋いっぱいに踊っているようだった。
 

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2010年6月 8日 (火)

いちど会

 久しぶりに「いちど会」に出席する。「いちど会」は谷中庵主人が主催する文筆家や芸術家や学生その他諸々が集まる会。谷中庵主人は大手新聞社の有名記者だ。『わしといたずらキルディーン』が出版されたときに記事を書いてくださったご縁がある。
 いつもながら楽しい話題に花が咲いたが、不思議な話で少し盛り上がった。お隣に座ったK氏の話。亡くなった級友の命日に珍しい黒トンボの群れを見た、仲間の友人もまた別の場所で同じようにその群れを見た、トンボは彼らの学校の校章なのだという。同席していた俳優の沼田曜一さんの奥様もそんな経験があり「あのカエルは沼田でした」などと話していた。私は前の晩につれづれに読んだ村上春樹の短編『偶然の旅人』をとっさに思い出した。短編として心惹かれるほどの作品ではなかったが、あまりにも同じような内容だったのでその「不思議さ」に驚いてしまった。
不思議な偶然が重なると、あたかも目に見えないものの意思によって動かされているのではないかと感じることがある。誰にでもある経験だろうが私にもある。そんなとき、ふっと異次元に身を置いたような、ふわりと空中に浮いたような…不思議な気分になるものだ。

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2010年3月 2日 (火)

わしといたずらキルディーン 5

写真は大文字版の『わしといたずらキルディーン』。霞会館で発行している視力の弱い人々のための改造本だ。
先日、京都で岩倉具忠さん御夫妻にお会いした。岩倉具忠さんは具視(第11世)からかぞえて直系5代目(第16世)の方。イタリア語史、ダンテ研究で知られた学者で京都大学名誉教授、奥様も大学教授だ、具忠さんのお父様の具榮さんと祖父は、昭和の初め精神分析学研究所設立時から親交があった。具忠さんは私の父のこともよくご存じだ。御夫妻がローマで暮らしていらした1960年代にも、父が仕事でローマに行った際に市内を案内して下さった。
比叡おろしの淡雪が舞う2月の京都…祖父の思い出の品やはがき、精神分析関係の資料等と一緒に、この大文字版(2冊に分かれている)を見せていただいた。文字がはっきりと大きく、ジョブの絵も原画そのままに美しい。

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2009年8月 7日 (金)

『わしといたずらキルディーン』 4

わしといたずらキルディーン 4

訳本『わしといたずらキルディーン』が出版されてちょうど一年になった。この夏、雑誌『明日の友』8-9月号(婦人の友社)に女優の冨士眞奈美さんが『わしといたずらキルディーン』のことを『ルーマニア王妃が遺した名作』と題して二ページにわたって書いてくださった。「イギリス経験が長く、英文学に詳しい長井さんの訳はとても品がよく美しく丁寧で、読みやすい」と褒めてくれてくださった。聞いたところによると、編集者の意見ではなく、自らこの本について書きたいと言われたそうだ。冨士眞奈美さんは大輪の花のように美しい女優さんだが、個性的で演技力がありエッセイなども書いているインテリ女性だ。
少し前、7月24日の西日本新聞の朝刊にも『詩の旅絵の旅』というコーナーに詩人の小柳玲子さんが『わし姫物語』と題して『わしといたずらキルディーン』の記事を書いてくださった。幼いころ読んだ『わし姫物語』が忘れられなかったと書かれている。一年たってもこんなふうに取り上げてくださるのは、本当にうれしく有り難いことだ。

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2008年12月20日 (土)

『わしといたずらキルディーン』 3

[わしといたずらキルディーン]点訳本

素晴らしいことに『わしといたずらキルディーン』が点訳本になった。これで目の不自由な人たちにも読んでもらえるのだ。

昨日の午後、ずっと待っていた点字のサンプルが届いた。全点訳してくださったのは山田M子さん。山田さんは今年80歳、母の女学校時代の親友で、もう30年以上点訳の仕事をボランティアで続けている。

封筒を開けてなかを取り出してみると、優しい影を帯びたような淡いクリーム色の紙の上に、粟粒みたいな点字が並んでいる。表紙からはじまって目次、それから本文へと続き、省かれているものはなにひとつない。サンプルなので10枚ほどだが、不思議文字が並んだ紙を1枚1枚めくっていくと、これを作った人、これを読む人の心が伝わってくる。

山田さんが属しているのは「すぎな点字の会」、お話を聞いたら、点訳はだいたい個人の要請で引き受けるのだそうだ。公的機関を通さず一対一で心を通わせる…そうして点訳本はそれを必要とする友人から友人へと大切に回読される。

なんて素晴らしいことだろう…あまりに立派なことなので、なにがなんだかわからないがなにもかもが申し訳ないような気持ちになってくる。

本当に本当に有難うございました。

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2008年12月17日 (水)

『わしといたずらキルディーン』 2

昨日の日本経済新聞の夕刊、社会欄に「わし姫物語・新訳に」(副見出しに「皇后さま・良いご本」「名作童話60年ぶり」)と題した記事が載った。同じ記事が全国30社近い地方新聞にも掲載されている。

記事は宮内庁皇室医務主管・日本学術会議会長の金澤一郎さんの言葉で締め括られている。

「大槻さんの訳は旧仮名遣いで学者らしい正確さが特徴だが、長井さんの訳は柔らかく心に響いてくる…」

先週の金曜日、某通信社の記者から取材をうけた。

Q:祖父の翻訳はどう感じるか。

A:祖父の訳は小さな子供用に書かれているが、物語がまんべんなく訳されていて英語力が非常に高いと感じる。

Q:新訳に際してどんなところに気を遣ったか。

A:まずは正しい日本語で伝えたいと思った。また同じ英単語は同じ日本語で訳すことを心がけた。それから日本人には理解しがたいキリスト教的なことをどう伝えるか、また堅苦しくなりがちな教訓的な表現をどう易しく説くかが鍵だったと思う。

Q:某教育財団が5000以上ある国公立幼稚園に配ってくれたことはどう思うか。

A:本当に有り難いこと。これからもずっと読まれ続けて欲しい。

記事を読んだ何人もの友人から、パソコンや携帯メールにメッセージが入った。ほとんどが「友だちとして嬉しかった」という内容だったが、有り難いと感じると同時に、彼女たちが日経新聞を熟読していることに驚きと尊敬の念でいっぱいになった。我が家でも日経を取っているのだが、世事に疎い私は、土曜日の「文学周遊」以外は殆んど読んだことはなかったのだ。

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2008年11月 8日 (土)

『わしといたずらキルディーン』 1

訳本は10月半ばに急激に売れて、お蔭さまで3ヶ月で再版となった。その後、ある教育団体が「日本中にある幼稚園に配って読み聞かせをしてもらおう」と千冊単位で大量に買ってくださった。友人、知人たちはみな暖かな声援を送ってくれる。身に余るほどのご好意をいただいて、何だか申し訳ないような気分だ。

この物語は、イギリス王室に生まれルーマニア王室に嫁いだマリー王妃の自叙伝的童話で、1922年に初版発行された。初版本は布張りの大型本で、なかを開くと手刷り版画の挿絵の美しさに目を奪われる。初版は30冊しか印刷されていない。マリー王妃はこの物語を英語で書いているが、最終章にはフランス語で記された格言がいくつか引用されている(訳本では省略した)。当時はフランス語を文中に入れることは教養を示すパフォーマンスだったのかもしれない。

両親の手に負えないほど我儘でいたずらに育ってしまったキルディーンは、とうとう高い塔に幽閉されてしまう。そこには21羽の鷲が住んでいた。キルディーンは海や山や天国(キリスト教的な仮想の国)に連れて行かれて試練を受け、精神的自立を果たして両親のもとに戻ってくる。この物語は古くからヨーロッパに伝わるファンタジー形式に則り、後に続くトールキンやルイスの壮大なファンタジー文学の先駆けとなったといっても過言ではないだろう。

読めば読むほど、色々なことが分ってくる物語。マリー王妃の才能と細やかな感性に脱帽です。

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2008年9月 9日 (火)

若者もすなるブログ……

「男もすなる日記といふものを女もしてみむとてするなり」、というのは『土佐日記』の冒頭ですが、さしずめ、今回は「若者もすなるブログというものを老人もしてみむとてするなり」というところでしょうか。

2008年長月の9日、私は紀貫之とは違って旅に出るわけでもなく、いつもの机の前に座りパソコンに向かってこれを書いています。今朝は爽やかな風が吹いています。秋ですね。今年の夏は天候が不順で、夜毎の雷雨に心躍らせていました(好きなんです)が、もうそれも終わりなのでしょう。

先月出版した『わしといたずらキルディーン』ですが、読んで頂いた方々から、とても面白かった、分りやすい訳文で子供にも読みやすそう、私の文章らしいロマンがある(これはとても嬉しい褒め言葉)、装丁が美しい、ジョブの絵が最高、などと感想を頂きました。

まだ出版してひと月ですが、なるべく多くの方たちに読んで頂きたいものだと思っています。私はただの訳者ですが、マリー王妃はとても才能のある文学者だったと思います。感性が煌くようです。

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