アンティーク

2012年7月 2日 (月)

はじめての古皿

 学生時代のこと…通学路に一軒のお茶屋さんがあった。その店先に古いお皿が何枚か埃まみれになって積まれていた。いつからか、それらのお皿が気になりはじめた。やがて立ち止まって眺めるようになり、そのうち手に取ってみるようになった。そしてある日、思い切って桜模様の小さなお皿を買った。自分のお金ではじめて買った古物だった。直径10センチほどの5枚組で、ベルリンブルーと呼ばれる染料で絵付けされた廉価な印版だった。店の人は明治時代のものだといった。結婚してからもずっと使っていた(じつに40年以上)ので、4枚は割れたり欠けたりして捨ててしまった。そしてとうとう最後の1枚になった。今となってはどうしてこんな物に、と思うのだが、10代の私の目には、何よりも美しく気品のある焼き物にみえたのだ。無条件に惹かれる、という経験は20歳過ぎるとなかなかできないのかもしれない。


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2012年2月 3日 (金)

サンプラー

 サンプラー(sampler)とは刺繍見本のこと。イギリスでは16世紀頃から細長い布に刺された「刺繍見本」が作られ始めた。当時は布も刺繍糸もとても貴重な物だったので、刺繍をするのは裕福な奥様(縫物と編み物をするのはメイドの仕事)と決まっていた。
 サンプラーは17世紀半ばから一般的になり、18世紀には(産業革命、植民地取得でイギリス全体が裕福になった時代)少女たちが自らの技術習得の証としてサンプラーを作るようになった。聖書の一節や引用句、さらに制作された年に起った出来事なども刺繍され、それらは大切に額に入れて飾られた。
 どこで見たか忘れてしまったが、17世紀くらいに作られたサンプラーに「ロンドンで地震のあった年に」と刺繍されていて驚いたことがある。地震といってももちろん震度6とか7とかじゃなくて、せいぜい2くらいのはずだが大事件だったのだろう。
 私は刺繍が大好きなのでサンプラーにはとても興味がある。写真はロンドンの小さなオークション会場で手に入れたもの。アルファベットや数字のほかに「シャーロット(作者の名前)・イーハースト校・1850年2月18日・主はすべてに寛大である」と麻布にクロスステッチで刺繍されている。
 1850年…今から162年前、日本は江戸末期だった。

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2011年11月19日 (土)

グローブ・ホルダー

引き出しの整理をしていたらグローブ(英語はグラブ)・ホルダーが出てきた。ロンドンの骨董市で買った古いもの、バッグのひもに留めて手袋を挟んでおく小物だ。茶色の箱にOPERA*GLOVE HOLDER*No540 Made in Englandと書いてある。いかにも昔っぽい風情…真っ赤な大きなガラス玉がふたつ嵌った金色のホルダーだ。ほとんど使っていないように見える。作られてから60年から80年は経っているだろう。何十年も骨董屋や骨董市に通っているが、ホルダーはこれしか見たことがない。

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2011年9月 4日 (日)

金魚鉢

 子どものころは、夏がくるたびに金魚を飼いたいと思ったものだ。店で買ってもらった金魚や縁日でとったメダカを、ガラスの金魚鉢にいれて眺めるのが好きだった。水中でじっとしているかと思うと、ふいと泳ぎだしてもつれ合った藻の間に小さな泡粒を残して消えていく。透明なガラスを通すと、金魚と同じ次元(自分も水の中にいるのか、金魚も空中を飛んでいるのか)にいるような感じがして、いつまでも見あきることがなかった。
 でも、しばらくすると金魚は弱って死んでしまい、半ば興味を失いつつあった自分を責めながら、憂鬱な気持ちで庭の隅に小さなお墓を作ったものだ。金魚が死んでしまうことが重荷になっていつしか飼うことを止めてしまったが、金魚鉢の美しさにはずっと魅せられていた。
 写真は10年以上前、金沢の骨董屋で買った金魚鉢。江戸末期から明治の初めにかけて作られたものだという。手吹きガラスに花をデザインしたカットが施されている。毎年夏になるとこれを出してきて、観葉植物と貝殻などを入れて眺めている。

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2011年8月19日 (金)

飛騨の匠

 写真は飛騨高山の一位一刀彫。イチイの木は年輪が細かく外側の白い部分と内側の赤い部分がはっきり分かれている。一位一刀彫はその色の違いを生かした風雅な木彫工芸品だ。根付け、置物、茶道具、面などがある。
19世紀始め(江戸時代末期)に飛騨高山の根付け彫刻師、松田亮長が始めた。亮長は平田亮友に師事したが亮長のほうが年長だったという。
 写真のスズメは初代江黒亮声作。亮声は1883年に生まれ1951年に没した。このスズメは本当に見れば見るほど可愛くて、ふたつに分かれた下の部分はちょうど卵型にくり抜いてあり、いかにも卵っぽい。もう100年近く経っているので木が乾ききっていて手に乗せるとふわりと軽い。上下がぴったりと合わさる。まさしく匠の技だ。

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2010年3月 8日 (月)

平和島骨董市

平和島骨董市にいく。何十年か前、平和島で初めて骨董市が開かれた時にはひとりで出かけた。当時友人たちのなかに骨董品に興味を持つ人はいなかった。私は小さなお皿を一枚買っただけだったが、古くて珍しいものが並べられた不思議な市場がいっぺんに気に入ってしまった。その後、転居の合間を縫って骨董市通いをし、何回も騙されいくつもばかばかしいものを買っているうちにやっと少し物を見る目がついてきた。今回は友人4人と出かけた。手書きの小鉢の代わりに、手ごろな印版の小鉢が欲しいと思っていた。印版なので一枚1000円以上では買いたくないと思っていたが1800円とか2500円とか随分高い値段が付いていた。最後の日だったから値段が手ごろで良い物は売れてしまったのかもしれないと思いながら昼食をとり、午後また回ってみた。そろそろ片づけを始めている店もあるなかに「半額」と書かれた棚に目ぼしい印版の染付け小鉢を見つけた。しかも6個。和物は普通5個だが6個あればもっといい。明治末期につくられたもので状態もよく裏は手書き、6個で4500円、重い陶器を持って帰るより売ってしまいたいからと店の人。家で漂白剤に一晩漬けて「みそぎ」をする。そうして丁寧に洗って乾かしたらもう私のものだ。和え物や酢の物など…はやく使ってみたい。

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2010年2月22日 (月)

POOLEという名の陶器

南イギリスのドーセット州にプールという港町がある。有名な海岸リゾート地ボーンマスの近くだ。イギリス南海岸の町はヴィクトリア時代にリゾート地としておおいに栄えた。ロンドンをはじめとする大都市から人々が押し寄せ、著名な作家や画家がこぞって別荘を建てた。しかし今はほとんどその頃の面影はない。まぁまぁ賑やかなのはブライトンくらいだ。けれども私は、そんな寂れ果てた風景が好きだった。ヴィクトリア時代の巨大なホテルと海に張り出した桟橋の突端にぽつりと取り残された廃墟が一種独特の郷愁を誘う。
当時、海岸リゾート地ではたくさんのお土産が売り出された。そのひとつに陶器がある。それぞれの地名が入った泥臭い陶器は、ロンドンで売られている洗練された物と違った趣があり、今では骨董的価値もついてコレクターも多く、けっこう高値で売買される。プールもお隣のボーンマスと同様、リゾート地として栄えた時代があった。陶器POOLEはつるっとした単色で、模様のあるものは少ない。

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2009年1月 4日 (日)

骨董皿の珍種

年末に不用品の片付けをしていたら、昔買った古いお皿が出てきた。イギリスに住んでいた頃、毎週のようにアンティーク市を回っていたのだが、ついに同じものには巡り合うことがなかったという珍しいものだ。私の好きなサンセットの図柄で、黒く細い木々の向こうに黄色い大きな太陽が描かれている。
アンティーク陶器のメーカーでスージー・クーパーと並んで人気の高いシェリーのお皿なのだが、お皿の下にお湯を入れる錫製の鍋がついている。鍋には小さな湯の注ぎ口があり、両脇には折りたたみ式の持ち手がある。ようするに料理が冷めないようにとの配慮からだ。考えただけでも使いこなすのは面倒くさそうなので、きっとほんの短い期間しか作られなかったのだろう。
これは今から90年ほど前に作られたもの。じっとながめてみるのだが、どうしてもお皿の上にはローストビーフとつぶしたジャガイモしか浮かんでこない。イギリスの料理はそんなものだが、お皿は特別素敵だ。このアンバランスがとってもイギリス風なのかもしれない。

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