演奏会

2017年10月30日 (月)

細川順三・音楽講演会

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*芸術の秋*音楽講演会*

**午後のひと時を細川順三氏とともに**

 

11月11日(土曜日)13時30分~15時、NPO法人馬込文士村継承会の特別講座に、NHK交響楽団のフルート奏者として活躍された細川順三氏をお招きして、お話を伺うことになった。場所は大田文化の森。

細川さんは東京芸術大学在学中、第40回日本音楽コンクールで第2位に入賞。大学卒業後、札幌交響楽団の首席奏者となり、その後、文化庁在外研究員としてバーゼル市立音楽院に留学。1987年から2009年までNHK交響楽団に在籍した。内外で賞を受けソリストとしても活躍。フェリス女学院大学教授、東京芸術大学非常勤講師、日本フルート協会常任理事などを歴任。CDに『Morgen』、書籍に『絶対!うまくなる フルート100のコツ』がある。

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音楽が、フルートがお好きだという方は、身近でお話が聞ける良い機会だと思います。細川さんは私の高校時代のオーケストラの先輩。お話もとっても上手な方です。ご参考までに、2015年5月27日の私のブログです。

http://natty8.cocolog-nifty.com/blog/2015/05/post-febd.html

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2015年9月18日 (金)

フルート&ギター・デュオコンサートin Japan 2015“ハポン・エスパーニャ”

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竹内敬子さんと高木真介さんのデュオコンサートにいった。敬子さんはマドリードのコンセルバトリオ(マドリード王立音楽院)時代の友人で、じつに30年ぶりの再会だった。当時、敬子さんは、広島のエリザベート音大を卒業してコンセルバトリオに留学していた。挫折してしまった私と違って、彼女は卒業後、ヴァジャドリード市立オーケストラの首席フルート奏者となり、その後も活発な演奏活動を続けながら、後進の指導にあたっている。高木さんもマドリード王立音楽院で学んだギタリスト、おふたりともスペイン在住で、今回は一時帰国コンサートだった。

最初の曲は『春の海』、そのフルートの音色を聞いたとたん、あぁ、敬子さんの音だわ、と懐かしさのあまり涙があふれた。演奏を聞きながら、さまざまな思い出がよみがえった。コンセルバトリオのレッスン室の高い天井には、彫刻の天使が楽器を奏でながらいくつも飛んでいた……200年間使われてきたその白いレッスン室で、プーランクのソナタの3楽章がうまく吹けず「それじゃ、まるでフラメンコだ!」と先生に叱られたこと……あのころ敬子さんはモーツアルトのソナタをすごく上手に吹いていたなぁ……など。

こうして聞いている敬子さんの音と、昔の私のフルートの音が、耳元で交互に鈴のように鳴っているのに、私のフルートはいったいどこへいってしまったのだろう。歳月の闇にはぐれてしまった私のフルート……でも、そんな思いとは裏腹に、敬子さんの素晴らしいフルート演奏を聞いているとしみじみと嬉しくて、心が満たされるようだった。

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2015年5月27日 (水)

細川順三・フルートリサイタル

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先週、虎の門で細川順三・フルートリサイタルがあった。東京を皮切りに今後、大阪、旭川、札幌と続く。

細川順三さんは、私の高校時代のオーケストラのフルートの先輩。高校生のとき舞台の上で、チャイコフスキー『くるみ割り人形』の有名なフルート三重奏『葦笛の踊り』を一緒に吹いたこともある。

細川さんは、高校も後半になってから本格的にフルート演奏家をめざした方だが、いったんそうと決めてからは、素晴らしい勢いで邁進され、あっという間にフルート界でなくてはならない人になった。東京芸大を卒業後、札幌交響楽団に入団、スイスに留学、そしてNHK交響楽団のフルート奏者を経て、現在は大学の先生。今年、『絶対うまくなるフルート100のコツ』という本を出版。

プログラムは、ドボルザークやシューマン、ピエルネなどだったが、演奏は計算しつくされていて美しく、しかもどんどん華やかな感じになっていき、どんどんひきつけられて、アンコール3曲も本当に素晴らしかった。

会場では久しぶりに友人や先輩方にも会うことができて懐かしかった。私は13年ほど前に、ロンドンにN響がきた際、アルバート・ホールで細川さんにお会いして、ちょっとお話ししたのだが、その時、演奏会の前日にロンドンにきて終わりしだい日本に帰る、と聞いて、プロの演奏家は忙がしいのだなぁと思ったものだ。

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2013年12月27日 (金)

インコグニート(incognito)

 今月25日、息子たちが誘ってくれたので、インコグニートのコンサートにいく。
 会場は青山の「ブルー・ノート」。
 ロンドンのジャズバンドだが、メンバーの国籍はさまざま。
 いわゆる普通のジャズではなく、このようなものはアシッド・ジャズというらしい。リーダーの説明によると1979年に楽器だけではじめて、その後ヴォーカルも加わったということだ。
 派手で明るくて心が弾むようで、とても素敵だった。さらに客席で陶酔する人々の表情や動作は、見ていて飽きないものがあったし……。楽しいクリスマスでした。


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2013年12月18日 (水)

ソプラノ歌手・宗田舞子

 昨日は、『トリオ・コンサート・3』にいく。メンバーはソプラノの宗田舞子さん、バリトンの佐藤望さん、ピアノの矢島吹渉樹さん。
 宗田舞子さんは友人の娘さん。舞子さんはお母さまである私の友人によく似た美人である。持って生まれたものだろうが、声がとても明るく声量がある。彼女はオペラを歌うために生まれてきたのかもしれない。
 4、5年前になるだろうか、山王病院でのコンサート(同じメンバー)を聴きにいってから毎回出かけている。2年前に舞子さんはご主人の転勤でニューヨークにいったが、昨年も今年も、年末に帰国してコンサートをしている。ニューヨークでは、カーネギー大ホールでソリストとしてデビューするなど華々しい活躍だ。
 二期会会員のバリトンの佐藤さんも素晴らしい。毎回良い声だなぁと思うのだが、今回はますます磨きがかかっていて聴き惚れてしまった。矢島さんも、クラシックだけではなくジャズもポピュラーも何でも弾きこなすピアニスト。3人とも30代から40代、年令的にいっても今が最高なのだろう。
 ヴェルディの『椿姫』の抜粋が本当に素晴らしかったが、私はアドルフ・アダンのクリスマスキャロル『おお、聖なる夜』が心に沁みた。因みにアドルフ・アダンはバレエ音楽『ジゼル』の作曲者。
 ナビゲーターは元NHKエグゼクティブアナウンサー村上信夫さん。会場の雰囲気をもりたてる素敵なトークだった。

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2012年3月13日 (火)

高田光比古+3

 先日、高田光比古+3のJAZZ LIVEを聞いた。場所は大船教会、大船ははじめて降りた。子供のころ大船を通るたびに、電窓に大きな真っ白な半身の観音像が見えて、どこか不思議な気持ちにさせられたものだ。
 高田さんは大学オーケストラの先輩、友人に誘われて今回はじめて出かけた。高田さんはドラム、他にベースとピアノと尺八でJAZZを奏でる。尺八のJAZZは聞いたことがなかったが、とても素晴らしかった。会場には70人以上が集まった。最後の曲は明るいサンバ、高い教会の窓から夕日が射しこみオレンジ色に煌めいて会場を照らし出していた。大震災から1年、しみじみとJAZZを聞いた。

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2012年2月 6日 (月)

ワグネル・ソサィエティー・OBオーケストラ

 幼馴染みのKさんが誘って下さったので、慶應義塾W・S・OBオーケストラ・第71回定期演奏会にいった。会場は横浜のみなとみらいホール、ここはケンプのピアノリサイタル以来だ。今回はチャイコフスキーの『ロメオとジュリエット』と『眠れる森の美女』、それにメンデルスゾーンの3番『スコットランド』とポピュラーな曲ばかり。ポピュラーな曲は難しいのでアマチュアオケではあまり演奏されない…が、苦労して練習を重ねたのだろうと思われる良い演奏で楽しんだ。メンデルスゾーンはユダヤ人、38歳で早世したグレイト・コンポーザーだ。私も学生時代、5番の『宗教改革』を演奏したことがある。1842年に作曲された『スコットランド』は、5つある交響曲のなかでも特別美しい。
 『スコットランド』より前、1830年に作られた序曲『フィンガルの洞窟』もよく知られた曲だ。2005年の夏、フィンガルの洞窟があるスタッファ島へ行った。オーバン海上に浮かぶタイリー島から船でスタッファ島に向かう。ジャイアンツ・ケーブ(フィンガルの洞窟)には巨人伝説がある。オシアンの父フィンガルは巨人族の美しい女性に惑わされて洞窟に入り、囚われの身となってしまう(心身ともに囚われてしまうということか…)。ギリシャ神話のカリプソの伝説と良く似ている。島は柱状列石で覆われ、洞窟のなかは静かなエメラルド色の海水がたたえられていた。途中で雨が降り出し、夏だというのにとても寒かった。

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2011年8月26日 (金)

フレディ・ケンプ ピアノリサイタル


写真は3月3日


 今日メールを開くと『チケットぴあ』から宣伝メールが入っていた。11月のフレディ・ケンプのピアノ演奏会のチケットはいかが?というもの。今年3月3日、横浜で開催されたリサイタルのチケットを買ったからだ。
 10年も前にロンドンで何気なく手に取った1枚のCD、それがフレディ・ケンプのベートーベンのピアノソナタ集だった。とても魅力的な演奏だったので、是非、生演奏を聞いてみたいと思っていた。たまたまネットで演奏会があることを知り、しかもベートーベンのソナタが演目だったので、2枚買って母と行くことにした。
 ケンプは1977年ロンドン生まれ。4歳半で初舞台、8歳でロイヤル・フィルと共演、チャイコフスキーコンクールで3位。そして日本人とイギリス人のハーフ(なぜかこれは英語のパンフレットには書かれていない)とのことだ。
 ベートーベンのピアノソナタ『悲愴』と『熱情』、休憩をはさんでリストの『ランメルモールのルチアの回想』、ショパンの『ノクターン(9-2)』、ブラームスの『16のワルツ』、リストの『メフィスト・ワルツ』を演奏した。
 独特のリズム感と完璧な技術で聴衆を魅了する。プロならば(グレン・グールドみたいに芸術家然として気取っているのはかえって野暮ったい)、神業のような技術を見せびらかして、これでどうだと得意げにやってみせて…と私は思うのだ。その点、フレディ・ケンプは最高だった。何といってもソナタのなかで一番好きな『熱情』が本当に素晴らしくて満足!特に3楽章は演奏者が無我の境地に入っている感じがあった。
 いくらなんでも演奏会のあと、若い女性のようにサインを求めて列をつくる気にはなれなかったが、久しぶりにプロの演奏を聞いたと思った。ブログに書くつもりだったが大震災が起こり、あの時は機を逸してしまった。

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2011年1月17日 (月)

ザ・ベンチャーズ・STB139

 週末に六本木のスイートベイジルでベンチャーズのコンサートを聞いた。息子たちから父親への誕生日プレゼントの相伴だったのだがなかなか楽しかった。若い頃はクラシック音楽にしか興味がなくて、ベンチャーズは名前ぐらいしか知らない。
 今回は、1960年代、一番有名だった時代のメンバーのひとりノーキー・エドワーズが出演するというので一味違うコンサートだったようだ。会場は若い人はほとんど見当たらず、私よりも年長者らしき人々が目立っていた。それでも皆とても元気で、私の前に座った体格のいいお婆さん(60代後半か)は右に左に揺れながら、ときどき右手を上げて「イエーイ」などといっている。『パイプライン』とか『ダイアモンド・ヘッド』とか、『京都の恋』とか『雨の御堂筋』とか、「ベンチャーズオリジナルのさっきょくうー」とドラムの若手リオン・テイラー(彼は先代のドラマーの息子)が日本語で叫ぶと、曲が始まる。最初からのメンバー、ドン・ウィルソンは80歳近い高齢にもかかわらず元気だ。ボブ・スポルディングはもう少し若くもっと元気だ。コンサートが終わるとファンは舞台に駆け寄り、プレゼントの品を渡したり、サインを貰ったりしていた。曲は単純で分かりやすく、演奏技術も最盛期に比べてどうなのか…でも、エレキギターのルーツを見るようで興味深かった。

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2009年5月24日 (日)

深沢亮子ピアノリサイタル

母が少し体調が悪く出かけられないというので、母宛てに頂いた招待状を持って、紀尾井ホールに向かう。開演30分前だというのに長蛇の列だ。深沢さんは旧姓大野さん。3歳からピアノをはじめ12歳で全日本学生音楽コンクール小学校の部で全国第1位、15歳で第22回日本音楽コンクールで首席受賞。デビューリサイタル。高校在学中留学生試験に合格、ウィーン国立音楽大学に留学し首席で卒業、ウィーンでデビューリサイタル。その後、毎年数多くのリサイタル、著名な演奏家との共演、またエッセイも書き、楽譜も出版するという輝くばかりの経歴の持ち主。なによりも素晴らしいのはその経歴に匹敵する実力だ。しかも今年70歳。今後、今年だけでも8回の大きなコンサートが予定されている。

拍手が止み満員の紀尾井ホールが静まりかえる。モーツアルトの『ディポールのメヌエットによる9つの変奏曲』ベートーベンの『ワルトシュタイン』、そして助川敏弥の『青の詩』ショパンの『マズルカ』など4曲、アンコールも惜しみなく…。力強く優雅で何ともいえない爽やかな演奏で心が洗われるようだった。

思えば昭和31年、亡き父が社用でウィーンに行った時に紹介されたのがきっかけだった。亮子さんのお父様が心理学者で祖父をご存知で、母がピアノを弾くこともご縁になって、それ以来ずっと招待状を送って下さる。昔、我が家のピアノで気さくに弾いてくれたことや、亮子さんのお宅のサロンコンサートに招待されたことなど、取りとめもなく思い出していた。

亮子さんは本当に選ばれた、というより選ばれ抜かれた人。堂々としていて媚びることなく、しかも他人には心から丁寧で優しい。

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