イギリス文学

2017年3月16日 (木)

『月長石』ウィルキー・コリンズ

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原題は『The Moonstone』、上下巻1冊になった厚さ2センチ以上、全780ページの、しかも小さな活字で編まれた文庫本を読んだ。以前、同じ作者の『白衣の女』を読んだが、それも上中下3巻の長編だった。

インドからイギリスにわたってきた、大きな黄金色のダイヤモンドThe Moonstone。レイチェルとフランクリン、そしてゴドフリーという血縁の従兄弟たちとそのダイヤに纏わるミステリー小説だ。物語は、レイチェルに相続されたダイヤが誕生日に盗まれるところからはじまる。レイチェルは、夜中に部屋に入ってきてダイヤを盗んだのはフランクリンだったと証言する。けれども後に、フランクリンはアヘンを飲まされ、無意識のうちにダイヤを守ろうと持ち去ったことが判明する。誤解が解けてふたりは結婚するのだが、借金のためにダイヤを横取りしようとしたゴドフリーは、3人のインド人によって殺される。ダイヤは紆余曲折を経て、最後はしかるべき場所、インドの仏像の額に収まる、というものだ。

『白衣の女』と同様、登場する人々の手記という形が取られているが、なかで圧巻なのは、貧しいオールドミスの、クラックという狂信的なキリスト教徒の手記だ。いかにもビクトリア時代らしい女性像が描かれている。彼女もまたレイチェルらの血縁である。

コリンズはディケンズと同時代の人で、ディケンズとも親しい間柄だった。コリンズの父と弟は有名な画家、ディケンズの娘はコリンズの弟と結婚している。

コリンズは曰く付きの『白衣の女』のモデルと同棲していたが、彼女は別の男性と結婚する。コリンズも別の女性と結婚して子どもが4人いたが、その家庭に「白衣の女」がもどってきて住みつき一緒に暮らす、というビクトリア時代の芸術家らしいめちゃくちゃな私生活。モリスだってロセッティだってみんなそう。ディケンズだけは円満な家庭人というイメージだったが、最後はエレンターナンという若い女優に溺れてしまった……。

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2015年4月18日 (土)

オスカー・ワイルドと芥川龍之介

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ロンドン・オスカー・ワイルドの住んだ家

 

オスカー・ワイルドの中編小説を読んでいたら、面白い記述があって私の目にブレーキがかかり急停車。

「We fought with the Magadae who are born old, and grow younger and younger every year, and die when they are little children」という箇所。

「私たちはMagadae(という国)と戦った。そこに住む人々は、老人で生まれ、年ごとに若返り赤ん坊になって死んでいく」というようなことらしいが、昔どこかでそんな映画をみたような……

お爺さんで生まれたブラッドピットが赤ちゃんになって妻の腕の中で死んでいくという、確か、アメリカのボタン工場かなにかの……そうそう『ベンジャミン・バトン数奇な人生』だ。

と思ったとたん、芥川龍之介の『河童』を思い出した。『河童』は、ある日穴のなかに落ちたら河童の国に来ていた、と語る男(狂人)の話だが、物語の最後、男が人間の国に帰りたくなって相談にいったのは、子どものような老人で、彼は年令を重ねるとともに若返るという設定。

映画『ベンジャミン・バトン数奇な人生』の原作は、1922年に書かれたフィッツジェラルドの短編。芥川の『河童』より5年ほどはやい。もしかしたら芥川はそれを読んでいたのか……。老人で生まれて赤ん坊で死ぬ、という発想は何となくキリスト教的だし、また、当時の物理学や化学の発達に伴って自然に考え出されたのではないかという気もする。当時は、けっこう多くの人々が考えていたことで、それほど独創的という訳ではなかったのかしら……。私は、若いころ『河童』を読んで、発想がすごい、と思ったけれど、今思えば、芥川は芸術家というよりどちらかというと学者タイプだったのかもしれないし……。

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2013年3月15日 (金)

『荒涼館』 C・ディケンズ



 イギリスのドーバー近く、ブロードステアーズという町に、Bleak House(荒涼館)と呼ばれる館がある。浜辺から急坂を上っていくと海を見下ろす丘の上に何となく陰気な感じで建っている。黒々とした壁には「文豪ディケンズがここに住んだ」と書かれた記念碑がはまっている。
 けれども玄関脇の売店には埃だらけの貝殻と絵葉書が置いてあるだけ。私が訪れた日は連休のせいか子供連れの客が何組かいたが、ディケンズが暮らしていたBleak Houseの内部まで入っていく人はなかった。玄関を入ると展示室や玉突き場などがあり、2階に上るとディケンズの寝室(ロチェスターのブルホテルから持ってきた大きなベッドとガッツヒルプレースにあったイス2脚がある)と書斎(同じくガッツヒルプレースから持ってきた椅子がある)が並んでいた。(ガッツヒルプレースはディケンズの終の棲家だが今は学校になっている)この部屋でディケンズが大好きだったイングリッシュ・チャネル(ドーバー海峡)を見ながら『デビット・コパフィールド』の何章かを書いたという。建物の中に入ってみると、はっきりと荒れた様子が見える。管理の悪さ、経営の悪さ、展示の趣味の悪さ…。地下にはスマグラー(密輸業者)の等身大の人形が並べられ、このあたりの浜辺が有名な密輸取引の場所だった、月夜の晩に海から荷物を上げてこの家の地下に隠した、などという説明書きがあった。
 Bleak House に行ったのは2003年の夏だったが、もうこの国でもディケンズは忘れられているのだろうか、ヴィクトリア時代は遠く過ぎ去り、今のイギリス人には想像すらできないのだろうかなどと寂しく感じたものだ。(でも本当はそうでもなくて、若いイギリス人もディケンズを読むのだということが後になってわかったのだが)
あれから10年を経て、Bleak House が今、どうなっているのかわからない。
 このところ、いくつかディケンズを再読したりしていたが、ブロードステアーズにある館と同じ名の長編小説『荒涼館・Bleak House』を読んだ。400ページの文庫本で4冊、物語はある資産家たちが、遺産分与の件で争っている間に遺産金のすべてを控訴で使い果たしてしまったという話。「お金」に振り回される人間たちの喜怒哀楽の物語だ。その主人公たちが住んでいたのが『荒涼館』という館。結局、「お金」に対して冷静だった賢い人々が本当の幸せをつかんでハッピーエンドとなる。
 興味深いのは、登場人物のひとりが自然発火で焼死する場面だ。当時、「多量に飲酒すると、体内で自然発火して焼死する」ということが信じられていて、様々な証拠も上がっていたという(もちろんイカサマだろうが)。ディケンズ自身も信じていて、そんなことはありえないという抗議の手紙に反論している。ディケンズは本気で信じていたのだろうか…でもそういうところがディケンズらしくて素敵なところなのだけれど。

 

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2013年3月 9日 (土)

『ジェーン・エア』シャーロット・ブロンテ

 ずっと前に500円で買って、そのままになっていたDVDを(やっと)見た。1944年のアメリカ映画(それにしても1944年にこんな映画を作っていたなんて…日本は「贅沢は敵!」だったのに)。原作から除外されている部分(従兄弟のセント・ジョン牧師に求婚される)はあるが、仕方がないだろう。
 ジェーン役はジョーン・フォンテイン、1917年、父親が日本で仕事をしていたので東京虎ノ門で生まれた。95歳。4回結婚している。『レベッカ』ほか多数主演。姉のオリヴィア・デ・ハヴィランドも女優、1916年生まれで96歳。ふたりはともにアカデミー主演女優賞を獲得した大女優だが、ひどく仲が悪いことで知られていたとか。
 映画は映画で良いけれど、原作はシャーロット・ブロンテの小説『ジェーン・エア』。
 家庭教師として住み込んだジェーン・エアは館主ロチェスターに求愛され、結婚しようとするが、彼にはジャマイカから連れてきた妻バーサがいることがわかり結婚は暗礁に乗り上げる。気が狂ったバーサは館に放火して焼け死んでしまうのだが、作者はあくまでも凶暴な狂女として描いている。
 それに疑問を感じ、1966年に長編小説『サルガッソーの広い海(Wide Sargasso Sea) 』を発表したのはジーン・リースだ。サルガッソーはカリブ海の外海、藻が繁って海面を覆っているという。
 ジーン・リースは、もの言わぬ(言えぬ)バーサの立場から、当時のイギリスの植民地、西インド諸島の様子を物語るが、シャーロットの語り口とはまったく違っていて(もちろん時代も違うのだが)、南国の色彩が感じられる(ちょっとゴーギャンの絵を見るような)文体だ。
 バーサ・アントワネットの家系は、代々、狂気の人間が多く、その母もまた狂女だった。バーサはクレオール(植民地で生まれたヨーロッパ人)の娘として登場する。ロチェスターはカリブ海の砂糖プランテーションで財を成したイギリスのジェントルマン。ふたりはジャマイカのスパニッシュ・タウンで結婚する。結婚したときの様子や、酒におぼれながら次第に狂っていくバーサの内面などが、鮮やかに描かれている。そしてバーサは知らぬ間に暗いイギリスで暮らしていて、館の中でジェーン・エアにも出会っている。夢のように不思議な悲しい物語だ。
 クレオールはカリブの国では黒人奴隷を使う立場だったが、ヨーロッパ本国の人たちからは差別されていた。ジーン・リースの父はイギリス人医師、母は西インド諸島のクレオール。1890年に生まれて1979年に89歳で没した。

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2012年9月 7日 (金)

『オルノーコ』アフラ・ベイン

 アフラ・ベインは17世紀後半に活躍したイギリスの女流作家だ。シェークスピアがこの世を去ってから25年ほどして生まれた。シェークスピアと同じように彼女も多くの戯曲を書き、あの時代にあって、俗悪を嫌い、因習的な女性蔑視に惑わされず、自由と正義に生きた。アフラ・ベインはイギリスで最初の女流職業作家。生活のために戯曲を書き、小説、詩、翻訳ものなどの作品も多数残した。日本では、女流職業作家の先がけとして樋口一葉が有名だが……。
 彼女はイギリスで黒人奴隷を主人公にしたはじめての小説『オルノーコ』を書いた作家としても知られている。イギリス人船長に騙されて奴隷として売られたアフリカのある部族の王子オルノーコ。王子は結婚しようと誓った美しい娘イモインダを、本当の祖父(父は死んだ)に横取りされたという辛い体験をしている。それでも若いふたりが愛し合っていることが分かると、老王は嫉妬のあまり、いったん妃にしたイモインダを奴隷として売り飛ばしてしまう。ふたたびふたりが出会うのは、お互いに奴隷の身となってからだ。物語の最後、ふたりは逃亡するが追い詰められ、オルノーコは愛する妻イモインダを自らの手で殺し、自分も捕えられて殺される。
 アフラ・ベインは、はっきりと「奴隷制度が悪い」とはいっていないが、「どうも人道的ではないようだ」と疑問を投げかけているように感じられる。1600年代のイギリスに於いて、信じられないほどの精神性の高さだ。

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2011年8月31日 (水)

The Night Watch

 夜中に目覚める。このところ体調が良くない。眠れない、食欲がない、誰だってそうかもしれないが若い頃はそんなことはなかった。何だか巣穴の一番奥の暗がりでじっと横たわっている年老いた動物のような気がした。たぬきなのかきつねなのか(すると木々を渡る風音が聞こえた)、とどなのかあざらしなのか(と思うと岩に打ち上げる波音が聞こえた)、孤独で物悲しく自分の心臓の鼓動だけが響いてくる。息苦しい…何だか本当に動物の臭いがしてきそうな気がして思わず明りに手を伸ばす。ぽっと点る枕電気に、あぁ人間なんだと(当たり前)思う。寝るまで読んでいた本をまた取り上げる。サラ・ウォーターズの『The Night Watch・夜愁』。「上」は読み終わり「下」はあと半分だ。8月も終わる。今年の夏は重くゆっくりと気だるく過ぎた。色々なことがあってほとんど家に籠っていた。この夏は本ばかり20冊以上読んだ。
…夜中なのにせみが鳴いている。蝉の鳴き声が止むとひときわ大きく虫の音が聞こえてきた。

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2011年4月22日 (金)

『たのしい川べ』ケネス・グレアム


ヘンリー・オン・テームズにある博物館のパンフレット

The Mole had been working very hard all the morning, spring-cleaning his little home.
(もぐらは午前中ずっと、いっしょうけんめい小さな家の春の掃除に せいをだしていたのでした)
Kenneth Grahame『The Wind In The Willows』(ケネス・グレアム『柳にそよぐ風』)の冒頭の部分だ。
日本では『たのしい川べ』という題名で石井桃子の名訳がある。
spring-cleaning(春の大掃除)という言葉は、日本語では特別の意味はないようだが、英語ではよく出てきて、ちゃんと辞書にも書いてある。
10歳ぐらいからだっただろうか、私は春になると無性に掃除がしたくなるという習性がでてきた。本棚や机の引き出しを整理し、ベッドの位置を変え枕カバーを新品と取り換える。普段使っている鉛筆も綺麗に削りなおして布で拭いたり…。そうしているうちに別の自分になった気持ちがしてくる。再生の気分といえば大げさだが、一種の向上心だったのかなとも思う。
物語に登場するもぐらは春の掃除を途中でほったらかして地上にでていってしまう。何かが上の方から命令するように呼んでいた…それが「春」だったというわけだ。
40歳を過ぎて結婚したケネス・グレアムにとって目のなかに入れても痛くないほど可愛いひとり息子のアラステア、A.A.ミルンが息子のクリストファー・ロビンのために書いた『クマのプーさん』と同様に、愛息のために作られた物語が『たのしい川べ』として纏められた。双方とも、E.H.シェパードの挿絵で有名になった。
けれども、感じやすく早熟だったアラステアは19歳の若さで突然この世を去ってしまう。鉄道自殺だった。それ以後ケネス・グレアムは一生ペンを取ることはなかった。

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2010年2月 8日 (月)

『秘密の花園』バーネット

寒い日が続いているが節分を過ぎるとさすがに春の気配だ。小鳥の声も心なしか明るい。我が家の狭庭にもメジロや鶯、ヒヨドリなどがやってくる。古今和歌集にある藤原敏行の歌「秋きぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる」を思い出しながら、秋がきたことを風の音で感じるのなら、春は鳥の声だと思う。
毎年この季節になると、フランシス・バーネットの少女小説『秘密の花園』を読みたくなる。インドで両親と死別し、ヨークシャーの叔父の館に引き取られた10歳の少女メアリー。ひっそりとした館、夜中に微かに聞こえる泣き声、そして入口さえも分からない見捨てられた庭園…すべては叔父が愛する妻を事故で亡くしたことに端を発していた。小鳥に導かれ鍵を見つけ出したメアリーは荒れ果てた庭園に足を踏み入れ、ここを蘇らせたいと強く願う。春の訪れとともに庭園は美しい花園に生まれ変わり、叔父の寂しい心も癒される時がやってくる。何度読んでも、この小説は特別イギリス人好みだという気がする。イギリスの冬は味気なく、ただ寒いだけで何もない。それがある日、いっせいに草木が芽吹き花が咲き、優しい香りに満ちた風が吹き始める。イギリス人にとって春がどんなに慕わしいか、ちょっと言葉で説明できないくらいだ。小説のなかでメアリーに庭園の鍵の在り処を教えるのはロビン(コマドリ)という小鳥。鍵は春を呼ぶ(ふたたび幸福になる)鍵、文字通りこの小説の「キイ」だ。ロビンはイギリスのどこにでもいる鳥で日本でいえば雀のようなもの、顔からお腹にかけてオレンジ色で、ロビン・フッドの着ていた服の色に似ていることからロビンと呼ばれる。ロビンは春先になるとことさら綺麗な声で鳴きはじめる。イギリスに住む人々にとってロビンこそが春告げ鳥だ。
フランシス・バーネットが1898年から9年間暮らした館グレイトメイサム・ホール、ケント州にあるその館の荒れた庭園にヒントを得て書いた小説が、後に『秘密の花園』と題されてニューヨークでまとめられた。今年もまたそろそろ『秘密の花園』を開いてみたくなってきた。

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2009年8月13日 (木)

『動物農場』ジョージ・オーウェル

動物農場

岩波書店から封書が届いた。訳者代送という判が押してある。なかには川端康雄さん訳のジョージ・オーウェル『動物農場』の文庫本が入っていた。お送りくださった川端さんはジョージ・オーウェルやウィリアム・モリスの研究家。訳本は正しく美しい日本語で読みやすく、素晴らしいと感じた。今回『動物農場』にはおとぎばなし(Fairy Story)という副題がついていることを知った。中学生のころ読んだアメリカ版からの訳書には副題がなかった。訳本の最後にオーウェル自身が書いた「出版の自由」と「ウクライナ語版のための序文」が添えられていて読み応えがあった。『動物農場』は戦争末期に書かれた。イギリスの同盟国だったソ連を批判していることでなかなか出版の機会を得なかったが、戦後世界情勢が変わると一気にベストセラーになった。豚に支配された動物農場は、マルクス思想を根本として、トロツキーを追い独裁政権を確立したスターリンをモデルに、多くの矛盾(ユートピアとディストピア)を皮肉に描いた名作だ。

ここ数年、毎月のように本をいただく。自分史などの私家版から、高価な単行本、文庫本、雑誌などさまざまだが、私は、頂いた本は必ず読んで、感想をまじえたお礼の手紙(またはメール)を書くことを自分に課している。本には書き手の思いが籠っている。作品の善し悪しとは別に、読み手を真摯にさせる何かがあるようだ(真摯にさせられない本もあるがそのような本が送られてきたことはない)

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