つれづれなるままに

2018年5月 4日 (金)

私の野草園

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5月の薫風にさらさらと揺れる八重のどくだみ、すすき、よもぎ、ぎぼうし、ほととぎす、その下影に曼珠沙華の茶色く枯れた細い葉が地面を這っている。なずなやはこべ、ははこぐさなどはほとんど見なくなった。数年前まではウラシマソウやマムシグサもあったのだが……。八重のどくだみを大切にし…あまりに大切にしすぎたために、八重のどくだみばかりが育って増えてしまった。各種、少しずつ元気に平均して育てるのは、なかなか難しい。

因みにこの狭庭の奥には、妹のハーブ園がある。ミントやディル、マジュラム、レモンバーム、ローズマリーにバジル、その他いろいろ。私の趣味の野草は食べられないが、妹は料理に使うのを楽しみにハーブを育てている。妹はいつでも取っていいといってくれるので、今日は骨を外し皮を取った鰯を塩とオリーブオイルと妹のディルでさっぱりと漬けこんでみた。明日はお客さまなので、ワインのおつまみにしましょう!

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2018年3月 9日 (金)

冬の終わり

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2月最後の日の明け方、久しぶりに夢を見た。今は亡きK先生だったのかしら、確かにそうだ。先生が私のところに訪ねていらした。私は他の訪問者のためになかなかお話しすることができない。自分の家のようで自分の家ではない大きな建物のなかを右往左往しながら、それでも先生を待たせている。とても気にしながら。そしてようやく人々が去ってK先生とお話しする。先生は、この部屋の軸は固いですね、とおっしゃる。不思議な言葉だ。私はカーテンを開け、先生と並んで大きな窓の外を眺める。カーテンを開ける場面が何度も何度も繰り返される。そして、最後に一番奥の部屋の暗い色のカーテンを引き開ける。窓の外には夕闇が迫っている。目の前に大きな木々が逞しく葉をひろげているのを先生と一緒に眺めている。やがて先生は帰り支度をはじめ、私は一緒に外に出る。先生のお宅は近いのだからお送りしよう、せめて途中まで、と思っている。先生は杖を突いてゆっくり歩く。白髪で眼鏡をかけていらっしゃる。……目覚めの薄暮のなかで急激にうすれていく夢の記憶の最後に、先生は、来なくてもいいよ、私はひとりで帰れるから、とおっしゃって……。2月は黄泉の国に近い。キリスト教では10月かもしれないけれど、日本ではきっと2月だ。私の大切な人、私を導いてくれた師、親しい友人たちも2月に逝ってしまった。どこか薄暗くて重い静かな空気が地に充ちているのに、空だけは輝いて日ごと抜けるような青。その地と空のあいだに、気がつけば白梅や紅梅の花が満開だ。

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2017年12月 1日 (金)

病院で

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朝8時半に家を出て、大森の病院に向かう。ここ10年、貧血の治療のため定期的に通っている。病院に着いて受付をし、血液検査のための採血をしたが、照明のせいか、私の血が何だか妙に黒っぽいと感じて、思わず看護師さんに「人間の血の色って人によって違うのですね」などと、この1週間ひどい風邪が治らずにいるから聞き取りにくいだろうなぁ、と思われる声で訪ねたのだが、看護師さんはぎょっとしたように私を見て、「さぁ」といって目を逸らしたきり何も言わなかった。確かにそんなことを聞く患者はめったにいないだろう。かなり不気味である。『カーミラ』を翻訳しました、などといったら、2歩も3歩もひかれてしまうだろうなぁ。いつもの主治医に会い、診察を受け、会計で待たされ……やっと私の会計番号が掲示されたので、すぐに機械のところに行ってお金を払おうとしたが、どこかおかしい。あら、これは診察受付の機械よ、いやだ、また受付しちゃった、とうろたえ、受付窓口の人に誤って取り消してもらった。4300円ばかり払って病院を出て、薬を買って帰宅した。

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2017年10月28日 (土)

雨上がりの夕方

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このところ体調が悪く、家に籠っていたが、孫に渡すものを頼まれて最寄りの駅まで行かなくてはならなくなったので、思い切って出かけた。数日前の夕方のことだ。一日中降り続いた雨がやっと上がり、濡れた舗道をゆく私の足音がぴちゃぴちゃと聞こえる。まるで川から上がってきた河童みたい…靴が重いなぁ。まだ7時だというのに何て真っ暗なんだろう。まだ少し頭痛がする…。それでも孫に会ったら夕飯にうどんぐらい奢ってやろうか、いやいやけちくさい、うなぎにしようか、などと考えながら駅へ向かう。
10分ほど待たされてから現れた孫は、荷物を受け取るとさっさと帰ってしまった。友だちと一緒だったから仕方がないが、荷物を渡すと、「わかった、ありがとう」といったきり。私が、重いから気を付けて、とか、帰り道は暗いから注意して、などというのにただ愛想笑いして、それきり…。まぁ、男の子なんてそんなものだったかもしれない。
私は仕方なくぶらぶら歩いてスーパーで梨を買って帰宅した。梨はひとつ320円。よく考えてみると、とっても高価だ。私が子どもの頃は300円で大きなスイカが買えたのだが、世の中はすっかり変わった…でもそれは当たり前、スイカが丸ごと300円だなんて、もう半世紀以上も前のことだ。

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2017年9月19日 (火)

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7月が「忙」という字の絨毯に乗って空の彼方に消えてしまい、おろおろしているうちに8月も別の意味で時間に追われ、またまた9月は気が付けば19日。3連休も終わって、ささやかな庭に、彼岸花や白い水引き草、赤い水引き草の花が咲き、すすきの穂や野ばらの蔓が伸びている。北朝鮮がミサイルを飛ばしたり、台風がきたり……そうして、昨日は、ニュースと天気予報を見ようとテレビをつけると、女性議員が暴言を吐いたという話題でもちきり(一日じゅう、しかも全てのテレビ局で…)。低俗なテレビに呆れはてているうちに(彼女が職務上、不正を働いたならともかく、ただの内輪揉めでなぜあんなに大騒ぎしなければならないのか分からない)、一日が終わってしまった。…松茸ご飯が食べたいなぁ。

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2017年8月19日 (土)

地震・雷・火事・おやじ

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「地震・雷・火事・親父」という言葉をふと思い出した。外はものすごい雷雨だ。窓ガラスを打つ雨がピチピチと異様な音を立てているのでよく見ると、雹が混じっている。雷は天上高く駆け巡る。雷鳴は少し遠のいたかと思うと頭上から落下し、稲妻は薄暗い部屋のなかを一瞬青い閃光で染め上げる。今年の夏はじめての激しい雷雨だ。

ところで「地震・雷・火事・親父」なんていう言葉は、今の子どもたちは知らないだろう。地震や雷や火事は今でも確かに恐ろしい災害だが、昔は「おやじ」の存在も災害みたいなものだったのだろうか。確かに、災害そのもののような「おやじ」もけっこういた。ひどいおやじは徹底的にひどかったが、この言葉はそういう意味ではない。おやじは一家の主人で特権がありコワイ人だったのだ。なかには横暴で我儘で身勝手なおやじもたくさんいただろう。今もいるかもしれないけれど、そういう人は家族から評価されないし、まずとても少ない。今は昔のおやじみたいに威張っていたら生きていけない世のなかなのだ。それにしても、ひどい雷雨……。

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2017年8月14日 (月)

誕生日

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誕生日祝いにスペイン料理を堪能

*写真は修善寺のO・F・ホテルの花のサラダ

 

夏がきてまたひとつ年をとった。子どもの頃の誕生日は、ただ晴れがましくて嬉しくて、はやく大人にならないかなぁ、と思っていた。青春時代は誕生日というだけでなぜか無性に感動的、流されていく陶酔感のようなものがあった。30歳代中ごろから、希望や願望とともに、節目として過去の反省なども加わった。そして今は……さしたる感動も願望もなく、かといって反省してみても手遅れなので反省もいい加減。

でもよくよく自分の心に聞いてみると、たったひとつ、これまでになかったものがある。それは私なりの使命感だ。生きることは尊い。なぜならひとつの生命は他のたくさんの生命に支えられているのだから。私たちの日常生活は、動植物の生命を犠牲にして成りたっている。人間だけではない、地球上のすべて、どんな生き物も他の生命を吸収しなければ生きていけない。

そう…だから、生きている限り、私のささやかな使命に忠実であれ、そして感謝して生きよ、と……誕生日のひとりごと。

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2017年6月 8日 (木)

風呂場解体

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写真は山のホテルのつつじ

 

風呂場をシステムバスにすることにした。

この風呂場を作ったのは、1980年代の終わり。タイル張りの壁や床は、戦前の名残をとどめた老舗旅館のモザイクには及ばないが、今や家のなかで最も「旧館」となってしまった。当時のタイル職人Aさんの仕事ぶりは素晴らしく、縦に横にピンと細い糸を張って、小さなラジオから流れてくる流行歌を口ずさみながら、手際よくタイルを貼っていた。タイルはホウロウの湯船の色と合わせて薄い緑色、高窓の下に、イタリアから買ってきた装飾タイルを嵌め込んでもらった。

ここを作った時、子どもたちは小学5年生と2年生だった。私は最初に、お風呂の掃除は彼らの仕事、と決めてしまった。子どもたちには、毎日責任を持ってやる勉強以外の「仕事」が必要ではないかと思ったのだ。息子たちは交代で一生懸命に掃除し、子どもにしてはとてもきれいにやっていた。雨が降ろうが槍が降ろうが、もちろん試験だからといって私が代わって掃除するということはなかった。これは1995年に転勤で家を離れるまで6年間続いた。上は高校2年、下は中学2年になっていた。

28年前に作った風呂場だが、10年ほど転勤で家を離れていたのでその間は使っていない。まぁ時々、息子たちがシャワーぐらいはしていたかもしれないが。釜は一度取り換え、途中で温風機を付けた。

小さな高窓に、春は桜の花びらが舞い込み、夏は蝉時雨が反響し、秋は虫の鳴く声が忍び込み、冬は木枯らしが窓ガラスを打った。私たちのささやかな歴史を刻んだ風呂場。家族の精神的文化財は明日取り壊される。

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2017年4月15日 (土)

羽田空港までのタクシー

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写真は芝離宮の桜

 

先日、見送りのために羽田空港にいった。前日に予約したタクシーは、約束の時間の15分前から家の前で待っていた。出ていくとさっとトランクを開けてくれたが、荷物がないというと少し驚いたようだった。丁寧な態度で座席に促され、乗車してすぐシートベルトをするように言われ、運転手は礼儀正しく自己紹介をした。「羽田空港の国際線ANAの搭乗口にお願いします」というと、運転手が「高速で行きますか」と訊ねたので、私は「そうですね」と何気なくいい、「環七からですよね」と付け加えると、運転手は、「環七より高速の方が早いですよ」という。私は地理には疎いので、何が何だかよくわからないまま車は出発し、雨のなか、戸越から首都高速に入り、あっという間に目黒を過ぎたと思ったら、やがて左手に東京タワー、そしてトンネルを走り、なぜかレインボーブリッジを渡りお台場へ……いったいどこを走っているの?もしかして成田と間違えているのかしら、と思って急に不安になったが、やっと羽田空港方面の案内板が見えた。その時点でメーターは7000円。いつも我が家から羽田までは車なら30分弱で着き、料金は4000円もしないと記憶していたので(ネットでは予想金額は3850円とあった)、さすがの私も何だかおかしいと思ったが、そうしているうちにやっと羽田についた。到着すると運転手はすぐに運転席をでて、車の後ろを回ってさっとドアを開けてくれた。支払った金額は高速代と迎車料金を入れて10660円、かかった時間は45分ほど。とにかく遅れてはいけないと急いで傘を畳んで空港の建物のなかに入り、案内所で「ANAの国際線はどこから出るのですか」と聞くと、「ここは国内線ですよ」という。私はそれを聞いていきなりものすごく腹が立ってきた。国内線と国際線はかなり離れている。でも、9時には搭乗口から入ってしまうと思うとパニックになり、「タクシー乗り場はどこですか」と聞くと、バスがあるという。外に出るとすぐにバスがきてバスに乗るとすぐに出発したので、10分ほどで国際線乗り場に着いたが8時40分ぐらいになってしまった。その時点では本当に怒っていたので、帰宅したらタクシー会社に電話しようと思っていたのだが、家に帰って昼寝をして起きたら、何だか面倒くさくなってやめてしまった。

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2017年1月 8日 (日)

宴のあと

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旗が岡神社

 

クリスマスもお正月も賑やかに過ぎた。静まり返った家のなかを見まわし、今後のことをぼんやり考える。

毎年、この時期は眠れない。いくら遅く寝ても必ず明け方の3時半に目が覚めてしまう。これは夏も同じだ。夏と冬は夜の闇が深いように感じる。深い闇の底へ落ちてゆくような眠り……それは春や秋にはない気候や気温による物理的要因によるストレスなのかもしれない。いくら室内の温度を調節しても、身体に感じる気温の違和感はごまかすことができない。

けれども眠れない原因は、どちらかというと物理的なものより精神的なものにあるような気がする。眠れない、ということは辛いことだ。眠れないと、つまらないことを考えはじめるからなお眠れない。ふと目覚めた深夜、次第に意識がはっきりしてくるとともに、よみがえるさまざまなできごと……、でもそんなとき、明るく前向きに物事を考えることは難しいだろう。苦しかった思い出、悲しいできごと、仲違いしてしまった人たちのこと、さまざまな心配。やがて明日の希望も潰えて、行きつく先の死を無意識のうちに思い描く。

だから私は目が覚めるとすぐに明かりをつけて本を開く。目が覚めてしまったら無理に眠らなくても良い。目が疲れてしまったときはラジオを聞く。おおかたラジオは面白くないが、それでもどうにもならないことを考えているよりましである。昨日は原田康子の短編集をひろげて『愛しの鸚鵡』と『海を射つとき』を読んだ。

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