つれづれなるままに

2019年2月28日 (木)

ラーメン

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このあいだ、大森で買い物をしていたら1時過ぎてしまったので、ラーメンでも食べようと駅前の店に入る。店はいつものように満員だったが、2階のぽつりと空いた席に店員が案内してくれた。彼女は東南アジア出身のように見えた。私がコートを脱いで座ると別の女性が注文を取りにきたが彼女も中国系の外国人だ。私は普通のラーメンを注文し、冷たい麦茶に手を伸ばす。私の左隣りは私と同じ年恰好の女性で、わき目もふらずスマホに熱中している。右隣りの女性は私より若く見えたが50代だろうか、彼女もスマホをじっと見ている。皆、連れはいない。やがて左側の女性にラーメンが運ばれてきた。普通のラーメンの3割増しほどの量がありそうな山盛りの具が乗ったラーメンと、サービスのご飯と香のものが並んだ。彼女は箸を取ると、あまり音もたてず上品に食べ始めた。それにしてもずいぶんたくさん食べるのね、と仰天しながら見ていているうちに、しばらくすると右側の女性にラーメンが運ばれてきた。同じように山盛りの具が乗ったラーメン(どうもその日のお勧めラーメンだったようだ)とサービスのご飯と香のもの。そして片言の日本語で「ご注文はこれでよろしいでしょうか」と言って立ち去ろうとした店員を呼び止めると、「あの……餃子一皿、お願いします」と追加。私は普通のラーメンでさえ、全部食べられない時もある。もちろんサービスのご飯や香の物は頼んだことはない。そのようなものは若者や学生が頼むものだと思っていたし、私の友人たちも、まずそれほど食べない。でも、私と同じような年令の女性でもこんなにたくさん食べるのね、だから元気なのね、と思った。そうだ、私も食べなければ!!!

バスで帰宅したのは2時半頃だったが、何だか疲れてしまい(血糖値が下がったのか)エネルギー切れになったので、アイスクリームをひと口食べて、ソファに横になりうとうとする。目が覚めたら3時半になっていた。

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2019年1月22日 (火)

受験票

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tea bag(関係ないけれど…)

 

センター試験も終わり、いよいよ受験本番という季節。受験といっても幼稚園から小学校、中学、高校、大学、大学院、それに専門学校などさまざまだ。受験はどうしてもその時の体調や試験の内容(得意なものが出るか不得意なものが出るか)にも左右され、どうも実力100パーセントでもないような気がするが、いずれにしても、受験する本人も周囲も大変だ。

毎年、この季節になると、母が必ず持ち出す話題がある。私が「大学を受験する際に受験票を忘れていった」というものだ。当時は学生運動がまだまだ盛んで、受験生もひとりひとり受験票を呈示しないと構内に入れなかった。……だから入れなかったのだ。母は私が家を出たあとすぐに気がつき、タクシーで追いかけてきたらしい。私が途方に暮れて大学の正門前でうろうろしていた(多分、公衆電話を捜していたのだろう)ところに、タクシーで乗りつけた母が受験票を手渡してくれた。母は今90歳だが、そのことを絶対に忘れようとはしない。トラウマになっているのかもしれない。この季節になると必ずその話になり、20年前には孫たちに、そして今や曾孫にも、「受験票を絶対に忘れないでね」と真剣な顔で念を押す。大学には合格したが、母がタクシーできてくれなかったら絶対に入学できなかったわけだ。私はどうしてこんなにぼんやりしているのだろう、とちょっと悩んだが、まぁ、それは仕方がない。

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2018年12月 7日 (金)

師走

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庭の柿の木も晩秋らしくなった

12月も何が何だかわからないうちに、もう1週間が過ぎてしまった。いつ頃からそれが始まったのかはっきりしないのだが、毎年、暮れには気に入った食品をネットで注文する習慣がついた。広島は尾道の蒲鉾、佐賀の嬉野や滋賀のお茶、岡山の酢、奈良の干し柿、小豆島のオリーブ、伊勢の海苔、秋田の味噌、千葉は八街のピーナッツなど。他にも北海道や新潟のものもある。旅先で見つけた名産品や調味料、それに肉や魚、野菜や果物などの食材、友人から頂いたり勧められたりした品(生産者が友人の知り合いだとなお良い)など、美味しくてまた食べたいと思う、そして健康に害のない安全な食品を取り寄せているうちに、すっかり癖になってしまった。今年もクリスマスや年末年始の家族の出入り、来客や訪問客などもだいたい目途がついたので、ひと働きしなければ。

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2018年8月23日 (木)

送電線

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ロンドンを出て1時間ほど走ると、丘の上にえんえんと連なる送電線が見えはじめる。それは、巨人が手をつないでいるように見えたり、社会主義者でもあったウィリアム・モリスのデザイン(人々が連なる)を連想させたりする。穏やかな波のような稜線を見せる丘の斜面に、空を駆ける丸い雲の破片が影を落とし、送電線をまたいで丘の向こうに早足で消えていく。美しいイギリス郊外の風景である。
家族の墓地のはずれに大きな送電線が通っている。イギリスのように丘の上ではないけれど、なぜだか私の心を惹きつけてやまない。青空に太い腕を何本も伸ばしている銀色の送電線。じっと見上げていると、その腕に墓地から抜け出たたくさんの魂が並んで腰かけて風に揺られているのを確かに感じるのだ。生きることはエネルギーを燃焼させることだ。私はといえば、人が死んだらそのエネルギーは別の形になって空中に(もしくは地中に)留まり、エネルギーの一部は電気になって遠くへ運ばれるのではないか……というような……そんな妄想を楽しむのだ。
私は自然の中にある人工的なものは好きではない。例えば、リゾートホテルとか遊園地のようなもの(それらが廃墟なら話は別だが)。でもなぜか送電線だけは大好きだ。

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2018年8月21日 (火)

墓参

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お盆も終わってしまったが、墓地にはちらほらと人影が見えた。墓地の入り口の桜の森がざわめき、墓石のあいだに続くあおあおとした糸杉の並木が天を指している。町のはずれにある公園墓地は赤とんぼが舞い叢で虫が鳴いていた。日差しはまだ強いけれど空には淡いうろこ雲が浮いて、もう秋の気配だ。
家族の墓に花を手向け線香をあげ、墓石に水をかけて手を合わせる。…どうぞ安らかに…と心のなかでいったあと、子どもたちや孫たちが健康で幸せでありますようにお守りください…と続く。
帰りの車のなかの会話。
W:あなた、ずいぶん長いこと手を合わせていたけど、何を祈っていたの?
H:……
W:最初は心を鎮めて、どうぞ安らかに、という気持ちだけど、次にどうしても子どもたちや孫たちをよろしくなんてお願いしちゃうでしょ。ちょっとおかしいわね。
H:まったくそうなんだよ。祖先はある一定の時間が過ぎると神さまになるんだね。
W:でもそれってずい分勝手な思い込みよね。どうしてそんな気持ちになるのかしら。
H:……まぁまぁ、いいんじゃないの。堅苦しく考えなくても。
W:人間て、心が弱いのか強欲なのか……祖先だってそんなに色々お願いされても、迷惑じゃないかしら。
H:……

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2018年7月19日 (木)

夏みかん

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久しぶりに、というのもおかしいが、実際、久しぶりに商店街を抜けて駅まで行った。駅の踏切の手前で、甥に似た後姿を発見して、もしやと思って近くに寄ってちらと見たが、抱いていたのは違う女の子だったので、あら、甥ではなかったわ、と思った。背の高い若いお父さんが大きなスーパーの袋を両手に持って、抱っこひもで可愛い女の子を抱っこして電車が通り過ぎるのを待っている。今はお父さんが子どもを抱いてスーパーで買い物をする時代なのだ。それを思えば、一部の戦前の父親などほとんど犯罪者のよう……。とにかく威張っている、気に入らなければ家庭内で暴れる、子どものことはすべて母親の責任だとしてやりたい放題、お前たちを養っているのだ、文句はあるか、というような調子。確かに今より日本の社会も厳しかったかもしれないが……などと考えながら用事を済ませて、帰途、いつもの坂道にさしかかる。暑いので日傘をさしてゆっくり上っていく。坂の真ん中あたりに大きな夏みかんの木があり、いつもそこで一息つくことにしている。かなりの古木で、黄色い実をたくさんつけて緑の葉を茂らせ、道にまでせり出して影を作っているのだ。しかし……ない。あるはずの夏みかんの木がない。その場所をかなり過ぎてから、夏みかんの木がなくなっていることに気づいた。振り返って見渡せば、そこはすっかり更地になっていた。

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2018年6月27日 (水)

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すすき、よもぎ、八重のどくだみ

 

子どもたちが入学した時また就職した時、そして結婚した時、さぁ、頑張って!(口に出して言わなくても)と……世の母親はみなそんな気持ちになる。それとまったく同じ気持ちで、7月出版予定の最終原稿を編集者に送り、昨夜は「いっぱいのんで」寝に就いた。そして夢を見た。私の古着、ワンピース(花柄だった)とスカート(茶色のジャンバーだった)とブラウス(白かったかもしれない)を売る(実際には売ったことがないのに)夢だ。私はこんな着古したものは二束三文にしかならないだろうと思っている。しばらく待たされた後、店の主人が出てきて悪そうにこれは高い値段では引き取れないという。私は黙って頷く。最低の値段ですが、7万円で良いですか、というので私は仰天して、もちろんです、と答えたところで目が覚めた。原稿を出した夜に見る夢としてはまったく型どおりで変な言い方だが「上手い夢」である。残念なのは7万円を受け取る前に目が覚めたことだ。惜しい。

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2018年5月 4日 (金)

私の野草園

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5月の薫風にさらさらと揺れる八重のどくだみ、すすき、よもぎ、ぎぼうし、ほととぎす、その下影に曼珠沙華の茶色く枯れた細い葉が地面を這っている。なずなやはこべ、ははこぐさなどはほとんど見なくなった。数年前まではウラシマソウやマムシグサもあったのだが……。八重のどくだみを大切にし…あまりに大切にしすぎたために、八重のどくだみばかりが育って増えてしまった。各種、少しずつ元気に平均して育てるのは、なかなか難しい。

因みにこの狭庭の奥には、妹のハーブ園がある。ミントやディル、マジュラム、レモンバーム、ローズマリーにバジル、その他いろいろ。私の趣味の野草は食べられないが、妹は料理に使うのを楽しみにハーブを育てている。妹はいつでも取っていいといってくれるので、今日は骨を外し皮を取った鰯を塩とオリーブオイルと妹のディルでさっぱりと漬けこんでみた。明日はお客さまなので、ワインのおつまみにしましょう!

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2018年3月 9日 (金)

冬の終わり

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2月最後の日の明け方、久しぶりに夢を見た。今は亡きK先生だったのかしら、確かにそうだ。先生が私のところに訪ねていらした。私は他の訪問者のためになかなかお話しすることができない。自分の家のようで自分の家ではない大きな建物のなかを右往左往しながら、それでも先生を待たせている。とても気にしながら。そしてようやく人々が去ってK先生とお話しする。先生は、この部屋の軸は固いですね、とおっしゃる。不思議な言葉だ。私はカーテンを開け、先生と並んで大きな窓の外を眺める。カーテンを開ける場面が何度も何度も繰り返される。そして、最後に一番奥の部屋の暗い色のカーテンを引き開ける。窓の外には夕闇が迫っている。目の前に大きな木々が逞しく葉をひろげているのを先生と一緒に眺めている。やがて先生は帰り支度をはじめ、私は一緒に外に出る。先生のお宅は近いのだからお送りしよう、せめて途中まで、と思っている。先生は杖を突いてゆっくり歩く。白髪で眼鏡をかけていらっしゃる。……目覚めの薄暮のなかで急激にうすれていく夢の記憶の最後に、先生は、来なくてもいいよ、私はひとりで帰れるから、とおっしゃって……。2月は黄泉の国に近い。キリスト教では10月かもしれないけれど、日本ではきっと2月だ。私の大切な人、私を導いてくれた師、親しい友人たちも2月に逝ってしまった。どこか薄暗くて重い静かな空気が地に充ちているのに、空だけは輝いて日ごと抜けるような青。その地と空のあいだに、気がつけば白梅や紅梅の花が満開だ。

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2017年12月 1日 (金)

病院で

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朝8時半に家を出て、大森の病院に向かう。ここ10年、貧血の治療のため定期的に通っている。病院に着いて受付をし、血液検査のための採血をしたが、照明のせいか、私の血が何だか妙に黒っぽいと感じて、思わず看護師さんに「人間の血の色って人によって違うのですね」などと、この1週間ひどい風邪が治らずにいるから聞き取りにくいだろうなぁ、と思われる声で訪ねたのだが、看護師さんはぎょっとしたように私を見て、「さぁ」といって目を逸らしたきり何も言わなかった。確かにそんなことを聞く患者はめったにいないだろう。かなり不気味である。『カーミラ』を翻訳しました、などといったら、2歩も3歩もひかれてしまうだろうなぁ。いつもの主治医に会い、診察を受け、会計で待たされ……やっと私の会計番号が掲示されたので、すぐに機械のところに行ってお金を払おうとしたが、どこかおかしい。あら、これは診察受付の機械よ、いやだ、また受付しちゃった、とうろたえ、受付窓口の人に誤って取り消してもらった。4300円ばかり払って病院を出て、薬を買って帰宅した。

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