つれづれなるままに

2018年8月23日 (木)

送電線

DSC_3465

 

ロンドンを出て1時間ほど走ると、丘の上にえんえんと連なる送電線が見えはじめる。それは、巨人が手をつないでいるように見えたり、社会主義者でもあったウィリアム・モリスのデザイン(人々が連なる)を連想させたりする。穏やかな波のような稜線を見せる丘の斜面に、空を駆ける丸い雲の破片が影を落とし、送電線をまたいで丘の向こうに早足で消えていく。美しいイギリス郊外の風景である。
家族の墓地のはずれに大きな送電線が通っている。イギリスのように丘の上ではないけれど、なぜだか私の心を惹きつけてやまない。青空に太い腕を何本も伸ばしている銀色の送電線。じっと見上げていると、その腕に墓地から抜け出たたくさんの魂が並んで腰かけて風に揺られているのを確かに感じるのだ。生きることはエネルギーを燃焼させることだ。私はといえば、人が死んだらそのエネルギーは別の形になって空中に(もしくは地中に)留まり、エネルギーの一部は電気になって遠くへ運ばれるのではないか……というような……そんな妄想を楽しむのだ。
私は自然の中にある人工的なものは好きではない。例えば、リゾートホテルとか遊園地のようなもの(それらが廃墟なら話は別だが)。でもなぜか送電線だけは大好きだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年8月21日 (火)

墓参

IMG_2569

 

お盆も終わってしまったが、墓地にはちらほらと人影が見えた。墓地の入り口の桜の森がざわめき、墓石のあいだに続くあおあおとした糸杉の並木が天を指している。町のはずれにある公園墓地は赤とんぼが舞い叢で虫が鳴いていた。日差しはまだ強いけれど空には淡いうろこ雲が浮いて、もう秋の気配だ。
家族の墓に花を手向け線香をあげ、墓石に水をかけて手を合わせる。…どうぞ安らかに…と心のなかでいったあと、子どもたちや孫たちが健康で幸せでありますようにお守りください…と続く。
帰りの車のなかの会話。
W:あなた、ずいぶん長いこと手を合わせていたけど、何を祈っていたの?
H:……
W:最初は心を鎮めて、どうぞ安らかに、という気持ちだけど、次にどうしても子どもたちや孫たちをよろしくなんてお願いしちゃうでしょ。ちょっとおかしいわね。
H:まったくそうなんだよ。祖先はある一定の時間が過ぎると神さまになるんだね。
W:でもそれってずい分勝手な思い込みよね。どうしてそんな気持ちになるのかしら。
H:……まぁまぁ、いいんじゃないの。堅苦しく考えなくても。
W:人間て、心が弱いのか強欲なのか……祖先だってそんなに色々お願いされても、迷惑じゃないかしら。
H:……

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年7月19日 (木)

夏みかん

DSC_5884

 

久しぶりに、というのもおかしいが、実際、久しぶりに商店街を抜けて駅まで行った。駅の踏切の手前で、甥に似た後姿を発見して、もしやと思って近くに寄ってちらと見たが、抱いていたのは違う女の子だったので、あら、甥ではなかったわ、と思った。背の高い若いお父さんが大きなスーパーの袋を両手に持って、抱っこひもで可愛い女の子を抱っこして電車が通り過ぎるのを待っている。今はお父さんが子どもを抱いてスーパーで買い物をする時代なのだ。それを思えば、一部の戦前の父親などほとんど犯罪者のよう……。とにかく威張っている、気に入らなければ家庭内で暴れる、子どものことはすべて母親の責任だとしてやりたい放題、お前たちを養っているのだ、文句はあるか、というような調子。確かに今より日本の社会も厳しかったかもしれないが……などと考えながら用事を済ませて、帰途、いつもの坂道にさしかかる。暑いので日傘をさしてゆっくり上っていく。坂の真ん中あたりに大きな夏みかんの木があり、いつもそこで一息つくことにしている。かなりの古木で、黄色い実をたくさんつけて緑の葉を茂らせ、道にまでせり出して影を作っているのだ。しかし……ない。あるはずの夏みかんの木がない。その場所をかなり過ぎてから、夏みかんの木がなくなっていることに気づいた。振り返って見渡せば、そこはすっかり更地になっていた。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2018年6月27日 (水)

DSC_2887

すすき、よもぎ、八重のどくだみ

 

子どもたちが入学した時また就職した時、そして結婚した時、さぁ、頑張って!(口に出して言わなくても)と……世の母親はみなそんな気持ちになる。それとまったく同じ気持ちで、7月出版予定の最終原稿を編集者に送り、昨夜は「いっぱいのんで」寝に就いた。そして夢を見た。私の古着、ワンピース(花柄だった)とスカート(茶色のジャンバーだった)とブラウス(白かったかもしれない)を売る(実際には売ったことがないのに)夢だ。私はこんな着古したものは二束三文にしかならないだろうと思っている。しばらく待たされた後、店の主人が出てきて悪そうにこれは高い値段では引き取れないという。私は黙って頷く。最低の値段ですが、7万円で良いですか、というので私は仰天して、もちろんです、と答えたところで目が覚めた。原稿を出した夜に見る夢としてはまったく型どおりで変な言い方だが「上手い夢」である。残念なのは7万円を受け取る前に目が覚めたことだ。惜しい。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2018年5月 4日 (金)

私の野草園

DSC_2761

 

5月の薫風にさらさらと揺れる八重のどくだみ、すすき、よもぎ、ぎぼうし、ほととぎす、その下影に曼珠沙華の茶色く枯れた細い葉が地面を這っている。なずなやはこべ、ははこぐさなどはほとんど見なくなった。数年前まではウラシマソウやマムシグサもあったのだが……。八重のどくだみを大切にし…あまりに大切にしすぎたために、八重のどくだみばかりが育って増えてしまった。各種、少しずつ元気に平均して育てるのは、なかなか難しい。

因みにこの狭庭の奥には、妹のハーブ園がある。ミントやディル、マジュラム、レモンバーム、ローズマリーにバジル、その他いろいろ。私の趣味の野草は食べられないが、妹は料理に使うのを楽しみにハーブを育てている。妹はいつでも取っていいといってくれるので、今日は骨を外し皮を取った鰯を塩とオリーブオイルと妹のディルでさっぱりと漬けこんでみた。明日はお客さまなので、ワインのおつまみにしましょう!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年3月 9日 (金)

冬の終わり

DSC_1949

2月最後の日の明け方、久しぶりに夢を見た。今は亡きK先生だったのかしら、確かにそうだ。先生が私のところに訪ねていらした。私は他の訪問者のためになかなかお話しすることができない。自分の家のようで自分の家ではない大きな建物のなかを右往左往しながら、それでも先生を待たせている。とても気にしながら。そしてようやく人々が去ってK先生とお話しする。先生は、この部屋の軸は固いですね、とおっしゃる。不思議な言葉だ。私はカーテンを開け、先生と並んで大きな窓の外を眺める。カーテンを開ける場面が何度も何度も繰り返される。そして、最後に一番奥の部屋の暗い色のカーテンを引き開ける。窓の外には夕闇が迫っている。目の前に大きな木々が逞しく葉をひろげているのを先生と一緒に眺めている。やがて先生は帰り支度をはじめ、私は一緒に外に出る。先生のお宅は近いのだからお送りしよう、せめて途中まで、と思っている。先生は杖を突いてゆっくり歩く。白髪で眼鏡をかけていらっしゃる。……目覚めの薄暮のなかで急激にうすれていく夢の記憶の最後に、先生は、来なくてもいいよ、私はひとりで帰れるから、とおっしゃって……。2月は黄泉の国に近い。キリスト教では10月かもしれないけれど、日本ではきっと2月だ。私の大切な人、私を導いてくれた師、親しい友人たちも2月に逝ってしまった。どこか薄暗くて重い静かな空気が地に充ちているのに、空だけは輝いて日ごと抜けるような青。その地と空のあいだに、気がつけば白梅や紅梅の花が満開だ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年12月 1日 (金)

病院で

DSC_3341

 

朝8時半に家を出て、大森の病院に向かう。ここ10年、貧血の治療のため定期的に通っている。病院に着いて受付をし、血液検査のための採血をしたが、照明のせいか、私の血が何だか妙に黒っぽいと感じて、思わず看護師さんに「人間の血の色って人によって違うのですね」などと、この1週間ひどい風邪が治らずにいるから聞き取りにくいだろうなぁ、と思われる声で訪ねたのだが、看護師さんはぎょっとしたように私を見て、「さぁ」といって目を逸らしたきり何も言わなかった。確かにそんなことを聞く患者はめったにいないだろう。かなり不気味である。『カーミラ』を翻訳しました、などといったら、2歩も3歩もひかれてしまうだろうなぁ。いつもの主治医に会い、診察を受け、会計で待たされ……やっと私の会計番号が掲示されたので、すぐに機械のところに行ってお金を払おうとしたが、どこかおかしい。あら、これは診察受付の機械よ、いやだ、また受付しちゃった、とうろたえ、受付窓口の人に誤って取り消してもらった。4300円ばかり払って病院を出て、薬を買って帰宅した。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年10月28日 (土)

雨上がりの夕方

DSC_6892

このところ体調が悪く、家に籠っていたが、孫に渡すものを頼まれて最寄りの駅まで行かなくてはならなくなったので、思い切って出かけた。数日前の夕方のことだ。一日中降り続いた雨がやっと上がり、濡れた舗道をゆく私の足音がぴちゃぴちゃと聞こえる。まるで川から上がってきた河童みたい…靴が重いなぁ。まだ7時だというのに何て真っ暗なんだろう。まだ少し頭痛がする…。それでも孫に会ったら夕飯にうどんぐらい奢ってやろうか、いやいやけちくさい、うなぎにしようか、などと考えながら駅へ向かう。
10分ほど待たされてから現れた孫は、荷物を受け取るとさっさと帰ってしまった。友だちと一緒だったから仕方がないが、荷物を渡すと、「わかった、ありがとう」といったきり。私が、重いから気を付けて、とか、帰り道は暗いから注意して、などというのにただ愛想笑いして、それきり…。まぁ、男の子なんてそんなものだったかもしれない。
私は仕方なくぶらぶら歩いてスーパーで梨を買って帰宅した。梨はひとつ320円。よく考えてみると、とっても高価だ。私が子どもの頃は300円で大きなスイカが買えたのだが、世の中はすっかり変わった…でもそれは当たり前、スイカが丸ごと300円だなんて、もう半世紀以上も前のことだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年9月19日 (火)

DSC_0320

 

7月が「忙」という字の絨毯に乗って空の彼方に消えてしまい、おろおろしているうちに8月も別の意味で時間に追われ、またまた9月は気が付けば19日。3連休も終わって、ささやかな庭に、彼岸花や白い水引き草、赤い水引き草の花が咲き、すすきの穂や野ばらの蔓が伸びている。北朝鮮がミサイルを飛ばしたり、台風がきたり……そうして、昨日は、ニュースと天気予報を見ようとテレビをつけると、女性議員が暴言を吐いたという話題でもちきり(一日じゅう、しかも全てのテレビ局で…)。低俗なテレビに呆れはてているうちに(彼女が職務上、不正を働いたならともかく、ただの内輪揉めでなぜあんなに大騒ぎしなければならないのか分からない)、一日が終わってしまった。…松茸ご飯が食べたいなぁ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年8月19日 (土)

地震・雷・火事・おやじ

DSC_9907

 

「地震・雷・火事・親父」という言葉をふと思い出した。外はものすごい雷雨だ。窓ガラスを打つ雨がピチピチと異様な音を立てているのでよく見ると、雹が混じっている。雷は天上高く駆け巡る。雷鳴は少し遠のいたかと思うと頭上から落下し、稲妻は薄暗い部屋のなかを一瞬青い閃光で染め上げる。今年の夏はじめての激しい雷雨だ。

ところで「地震・雷・火事・親父」なんていう言葉は、今の子どもたちは知らないだろう。地震や雷や火事は今でも確かに恐ろしい災害だが、昔は「おやじ」の存在も災害みたいなものだったのだろうか。確かに、災害そのもののような「おやじ」もけっこういた。ひどいおやじは徹底的にひどかったが、この言葉はそういう意味ではない。おやじは一家の主人で特権がありコワイ人だったのだ。なかには横暴で我儘で身勝手なおやじもたくさんいただろう。今もいるかもしれないけれど、そういう人は家族から評価されないし、まずとても少ない。今は昔のおやじみたいに威張っていたら生きていけない世のなかなのだ。それにしても、ひどい雷雨……。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧