展覧会

2019年3月12日 (火)

『クマのプーさん展』

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渋谷のBunkamuraザ・ミュージアムで『クマのプーさん展』を見た。昨年の秋に、ニューヨークの公共図書館でプーさんやその仲間のオリジナルのぬいぐるみを見たので、思い切って出かけたのだ。

プーさんの物語はA・A・ミルンが、息子のクリストファー・ロビンのためにロンドン郊外にあるアッシュダウンの森を舞台に描いた童話だ。

「ここはアッシュダウンの森。嵐に吹き倒された老木や朽ちた葉の上に、霧のような氷雨が舞う。人影のない曲がりくねった小道をたどって行くと、時々静けさを引き裂くように足元から鳥が飛び立っていく。高い枝から落ちた雫が水溜りに波紋を広げ、そこに映った森の木々を不思議な幾何学模様に変えている。ぬかるみに芽を出した水仙を踏み潰さないように、苔むした古い切り株につまづかないように……歩きながらポケットのなかのかじかんだ手を握りしめる。もし空が晴れていれば、プーさんとクリストファー・ロビンがハチに追われて小さな水溜りに飛びこんでくる、そんな場面が容易に想像できただろう」(『チップス先生の贈り物』長井那智子(春風社)より抜粋)

ミルンは、『クマのプーさん』『プー横町にたった家』をはじめ、多くの童話を書き、さらにミステリーなども書いた作家。『くまのプーさん』の原題は『Winnie The Pooh』、日本では石井桃子の訳で有名だ。プーさんのぬいぐるみは、息子の1歳の誕生日にミルンがロンドンのハロッズデパートで買い与えたもの。ウイニーとは、1914年にカナダからロンドン動物園にやってきた黒いくまの名前。クリストファー・ロビンはウイニーが大好きだったという。

会場には、物語にも登場するアッシュダウンの森にある橋、プースティックス・ブリッジを模したものも展示されていた。

 

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「道は少し下り坂になり、川に架かった木の橋に出る。ここがプースティックス・ブリッジ。クリストファー・ロビンとプーさんが、橋の川上から木切れを落とし、どちらが速く反対側に流れてくるかを夢中になって競い合った場所だ。四十年前、私も妹と同じ遊びをした思い出がある。私たちが流したのは、春になると野原一面に咲いていたヒメジオンの花だったけれど……」(『チップス先生の贈り物』長井那智子(春風社)より抜粋)

因みに、シェパードの娘、メアリー・シェパードはトラヴァースの小説『メアリー・ポピンズ』シリーズの挿絵を描いたことで知られている。画風はあまり似ていないが、どことなく共通するところもあって興味深い。

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2018年5月18日 (金)

プラド美術館展

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マドリッドに6年間住んだが、その間プラド美術館には(数えていないから分からないが)、もしかしたら100回どころではなく200回以上通ったかもしれない。日本からの来客を案内したり、友人と一緒に行ったり、もちろん一人でも行った。
東京でもさまざまな特別展で、時々プラドの所蔵絵画を見るけれど、今回はすべての展示物がプラド美術館の所蔵品。でも……プラド美術館展とはいっても、私が見たい絵はないだろうし、やめようかな、と思う気持ちと、懐かしいと思う気持ちがせめぎ合い、結局出かけてしまった。バルタサール・カルロスの肖像画の可愛らしさに惹かれたのかもしれない。ベラスケスは17世紀の天才絵画職人、私はなかでも『キリストの磔刑』が好きだ。当時にしては珍しい黒一色の背景。漆黒の闇に浮かび上るキリストの気高い姿を、いつも長いあいだ眺めていたものだ。もうひとつ、あまりの美しさについ立ち止まって見入ってしまう絵がスルバランの『静物』だった。斜めに差し込む光に照らし出された壺。台所の棚の上に並んだ粗末な壺の上に塵が降りつもる幽かな音まで聞こえてきそうだった。スルバランは高潔な「白」で有名だが、ベラスケスは「黒」(これは私がそう思うだけ)。
35年前のプラド美術館。大きな窓から燃えるようなオレンジ色の夕陽が射しこみ、名画を照らし出していた。眩い光に晒される美しい絵画……しばらくするとやっと係りの人がきて、重いカーテンを引いて夕陽を遮断する。すると部屋のなかは急に真っ暗になってどこか別世界に沈んでいくような感じがした。広い部屋にはだれもいない。夕暮れ時は特にそうだ。

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2016年2月29日 (月)

英国の夢・ラファエル前派展

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渋谷の東急bunkamuraザ・ミュージアムに『英国の夢・ラファエル前派展』を見に行く。

リバプールの3つの国立美術館から65点を集めたという。10年ほど前まで、日本では一般的にほとんど知られることのなかったムーアやハント、ワッツ、バーン=ジョーンズやウォーターハウスなども並んでいる。私はラファエル前派の絵が大好きだが、リバプールは行ったことがなく、これらの作品も見たことがなかった。いつも外国の絵画展には失望させられているけれど今回は満足。やはり、リバプールにも行ってみるべきだったか。ビートルズで有名ではあるが、産業革命で栄えた労働者の街というイメージだったし……ついに行きそびれてしまった。

「ラファエル前派」とは若い画学生たちがイギリス絵画の殿堂、ロイヤルアカデミーの形式主義に反発して、1848年に結成した「ラファエル前派協会」に由来する。

ロンドンのテートにある『オフィーリア』で知られるミレイの作品『いにしえの夢―浅瀬を渡るイサンブラス卿』、タデマのローマ風絵画、レイトンの『ペルセウスとアンドロメダ』、ワッツの『希望』の下絵、そしてバーン=ジョーンズの『スポンサ・デ・リバノ』、これはロンドンで見た記憶がある。テートの特別展だったのかもしれない。下敷きになっているのは『旧約聖書』のなかにある「雅歌」。レバノンの花嫁が森へ続く道を歩き、その後ろにはともに女性の姿をした北風と南風が描かれている。風の精の渦巻く衣装が森の木々にも絡まっている。花嫁の周りで風に翻弄される白百合の花、白百合は純潔のしるし、それが風になびいている。何を表現したいかは一目瞭然だ。そしてウォーターハウスの『デカメロン』。『デカメロン』はボッカッチョの小説で、14世紀中ごろに書かれたもの。フィレンツェに蔓延したペストから逃れるために自らを隔離した10人の男女がつれづれに語る物語だ。短編集のようなものだが、このようなかたちの小説はチョーサーの『カンタベリー物語』などにもみられる。

それにしても『英国の夢』とは……ラファエル前派がなぜ「イギリスの夢」なのだろう。

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2014年3月19日 (水)

ラファエル前派展

写真は川端康雄・加藤明子著『ウォーターハウス』

 今月に入って川端康雄さんから、新刊書『ウォーターハウス』(東京美術)をご恵贈いただいた。ウォーターハウスはラファエル前派の画家、私の大好きな画家のひとりだ。
 その後、たて続けにふたつの美術展にでかけた。ひとつは三菱一号館美術館の『ザ・ビューティフル』と題したイギリスの耽美主義絵画の展覧会、もうひとつは森アーツセンターギャラリーの『ラファエル前派展』、この時代のイギリス絵画は私が最も心惹かれるものだ。
 『ザ・ビューティフル』には、レイトンやムーア、ワッツ、ホイッスラー、ロセッティやモリス、バーン=ジョーンズなどの絵画作品、家具や調度品が並んでいた。絵画はアルバート・ムーアの『真夏』以外はみな小品で、あとはビアズリーの版画やその他の素描で壁が埋まっていた。レイトンは、この世で最も美しい絵のひとつ(だと私は思っている)『Flaming June・燃え立つ6月』を描いた画家……作品は2点ほどあったが小さなもので、少しがっかり。そういえば、ロンドンにあるレイトン最後の家「レイトンハウス」はとても変った美術館だった、ちょっとおどろおどろしいような……。
 立派な解説書を見ていたら、川端康雄さんが解説を書かれていたので買い求める。
 『ラファエル前派展』は、ミレーの『オフィーリア』(漱石の『草枕』に登場するせいか有名)はじめ、ロセッティやバーン=ジョーンズ、ハントなどの、良い作品が並んでいた。
 これらの絵画は、テートで穴があくほど眺めたけれど、こうしてまた東京で見ることができるなんて……。
 それにしても気になったことは、耽美主義という言葉がまったくでてこなくて、唯美主義となっていたことだ。「耽美」という言葉は、もう使わないのだろうか。それこそ、美しい言葉なのに。

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2013年8月24日 (土)

『深海』

 6歳の孫を連れて上野の科学博物館に特別展『深海』を見に行く。孫が一番興味を示したのはチムニーと呼ばれる海底の噴火口。どうして海がお湯にならないのか、という質問がきた。海は広いからである、でも海底火山の近くは暖かいので、生命の源が発生したり、暖かい海にしか住めない珍しい生き物が住んでいるのだ、と答える。思ったより混んでいなかったが、佇んでじっくり見るというわけにはいかなかった。
 特別展を出ると、フーコーの振り子が目に入った。むかし、子どものころに何度も見たものが、出口付近の同じ場所にあって懐かしかった。そういえば、ここにはハチ公の剥製なども展示されていたが、今もあるのだろうか。
 だいたい剥製とか標本などというものはもう古いのかもしれない。研究材料としては貴重だろうが、見て楽しむという時代は過ぎたのではないだろうか。孫も「生きているものはないんだね」と少し期待外れのようだった。まぁ、ダイオウイカが生きたまま水槽のなかで泳いでいるとは想像しなかっただろうが、深海の生物すべてが色彩のないアルコール漬けの標本だったので、ピンとこなかったのかもしれない。

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2013年7月 2日 (火)

『貴婦人と一角獣展』

 国立新美術館で『貴婦人と一角獣展』をみる。1500年ごろにフランスで作られた6枚のタピスリー。それぞれ高貴な女性と一角獣、金色のライオンが描かれている。『触覚』『味覚』『嗅覚』『聴覚』『視覚』という仮題をつけられたものと、最後の一枚『我が唯一の望み』(タピスリーのなかに示された言葉)。
このタピスリーを作らせたのは、織りこまれた紋章からリヨン出身の貴族ル・ヴィストだといわれている。その後、長いあいだ忘れ去られていたが、1800年代半ばに、ジョルジュ・サンドやプロスペル・メリメによって脚光を浴びることになった。私の趣味からいえば「一角獣」にはあまり興味がない。熱狂的に好きな人もいるが、その気持ちはちょっとわからない。
 けれども、このタピスリーはぜひとも見たいと思っていた。25年前にマドリッドに住んでいたころ、ロンドンに駐在していた叔父の家に遊びに行ったときにその存在を知った。叔父の家で出されたランチョンマットの絵柄だったのだ。ひと目見てとても素敵だと思い、同じものを買って帰った。赤い地の色が何ともいえず美しくて、マドリッドにはないセンスだと思った。私はその後けっこう長いあいだ、イギリスのものだと思い込んでいたが、ある時フランスで作られたことが分かって、我ながら勉強不足を嘆いた記憶がある。
会場は、比較的空いていたのでゆっくり鑑賞できた。

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2013年4月15日 (月)

大神社展

 東京国立博物館の平成館で開催されている『大神社展』にいった。地味な展覧会とみえて人影もまばらだ。平成館の展覧会はいつも混んでいて並ばなければ入れないのに、広いエントランスにはだれもいない。会場に入るとそれでもぽつぽつと人がいて、国宝の前には数人の見物人が固まっている。2時間以上もかけて展覧会を見たのは本当に久しぶり。いつも群衆に押し流されるようにして出口に進まざるをえず、ほとんど見えずに帰ってくることもしばしばなのに…こんなに良い環境で国宝ばかりの展示を見られるなんて最高だ。
 まずは沖ノ島の祭祀遺跡から発掘された出土品、そして9世紀の木造男神と女神群、他に「延喜式」や「平家納経」の写本などがある。
 私が一番見たかったのは、奈良の石上神宮にある「七支刀」だ。「七支刀」は秘宝でめったに見ることはできない。4世紀のもので歴史的背景もミステリアス、なんとも心惹かれる祭祀用の刀だ。学生時代から見たい(見たいというより逢いたい気分)と思っていた。…貴方だったのね、思ったより細身で小さいのね…と感慨無量で眺める。
 東京でひっきりなしに開催されている海外の画家の展覧会には、ことごとく失望させられる。国宝級の良い作品はあまり見ない。先日見たグレコ展もプラドの一級品はなかったし、バーン=ジョーンズ展もテートにある作品はひとつもなかった。そういうものに比べるとこの展覧会は質が高く、どうしてこんな素晴らしい展示品を見る人が少ないのだろうと考えてしまう。


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2012年4月 3日 (火)

松本記念音楽迎賓館


写真はNatty Salonの作品

 多摩川の流れを見おろす世田谷の丘に、パイオニアの創始者故松本望氏の旧宅がある。音楽会が開かれる時と桜の季節以外は、静かに門を閉ざしているところだ。なだらかに傾斜した庭にはふたつの茶室があり、回遊できるようになっていて、館内はパイプオルガンのある練習室や音響設備の整ったホールのほか、応接室や和室、プライベートゾーンなど広大だ。
 今回開催されたお花(アートフラワーと生花)を中心にした手彫りガラスやラッピングの展示会…館内のアートフラワー、庭園の生花、ラッピングのコーナー、そして手彫りガラスのふたつのコーナーなど、全館を借り切っての催し、素晴らしいといってくださる方が多かった。
 『家庭画報』や『花時間』にも紹介されたせいか、嵐の日を除いて毎日500人以上の来会者があった。私の手彫りガラス教室Natty Salonの生徒さんたちも出展。1年前からデザインを考えて彫りあげたものだ。ロンドン時代の生徒さんたちや、古い友人たち、色々なお付き合いの方たちもたくさん来てくださった。本当に有難うございました。

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2012年2月10日 (金)

作家と万年筆展

 神奈川近代文学館に『作家と万年筆展』を見に行く。
 夏目漱石、吉屋信子、大佛次郎、江戸川乱歩、井伏鱒二、堀田善衛、開高健、向田邦子他、30人近い作家を取り上げ、愛用していた万年筆を集めた展示会。モンブラン、ペリカン、シェーファー、パーカーなど欧米のメーカーが多いなか、江戸川乱歩だけは日本製のパイロットを使っていた。それぞれの作家のそれぞれの自筆原稿も展示されている。
 こういう展示会は最高だ。貴重な資料が展示されているにも関わらず、人が少なくて静かだ。本当に興味のある人しか来ないのだろう。特別展以外の資料も多く、文学好きの私にとって一日中いても飽きないところ。いつもdaughter-in-lawのお母さまから切符をいただいている。

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2012年1月17日 (火)

ゴヤ展

 ゴヤの絵を久しぶりに見た。纏まりのある展示だったが、肝心の「黒い絵」の説明が…あったかしら。「黒い絵」はマドリッド郊外にあったLa Quinta del Sordo(聾の家)と呼ばれたゴヤ晩年の家の壁に描かれた一連の不思議な絵。今からちょうど40年前(1971年末から1972年にかけて) 今回と同じ、国立西洋美術館でゴヤの絵画展が開かれた。私はまだ大学生だった。その時に見た「黒い絵」の印象があまりに強く、世のなかにこんな絵を描く人がいるのだという驚きとともに忘れられない絵になった。2枚のマハもあったし、ナポレオン戦争の悲劇を描いたDos de Mayo(5月2日)もあったと思うが、私にとって一番印象的だったのはやっぱり「黒い絵」だった(現在「黒い絵」は傷みが激しく門外不出になっている)。
 それから10年ほどしてプラド美術館で「黒い絵」に再会し、私は完全にゴヤの虜になった。マドリッドで暮らした6年間、ゴヤの絵を探してスペイン中の美術館をくまなく歩いたものだ。堀田善衛の『ゴヤ』を読み、スペイン語で書かれたゴヤの伝記や作品集を辞書片手に一生懸命読んだりした。ゴヤはタペストリーの下絵描きからやがては王室のお抱え絵師(ベラスケスと同じ)になり、ナポレオン戦争を経てフランスのボルドーでこの世を去った。ゴヤの作品は見れば見るほど実に多くの人たちの影響を受けていると感じる。ゴヤは他の画家の作品を模倣し、さらに模倣を重ね、やがて自分本来のスタイルを見つけるという「努力型の天才」ではないかと思う。若い頃、私は「閃き型の天才」に憧れていたのでゴヤを知った時は衝撃だった。「閃き型の天才」に見えたのだ。けれども多くの作品を見た今は、やはりゴヤは「努力型の天才」だと感じる。
 今回はあまり展示されない作品が見られるのではないかと期待していたがそれもなかったようだ。油絵より圧倒的に版画が多かった。版画は本質的に絵画とは違うので、絵画展、と思っていたのでちょっと残念。版画のなかではDisprate ridiculo(滑稽の妄)というのが良かった。ゴヤの不思議な妄想そのもの。樹の枝に10人ほどの人間が乗っている。老若男女が一か所に固まって、まるで枝に巻きついている虫の卵か幼虫みたいに…、ぜんぜん動かない印象なのに本当に生きている感じで…。危うい樹の上でじっとしている…何だかアラブ風に頭から布を被っていたりして…。これとそっくりな油絵をマドリッドのサン・フェルナンド美術館(記憶に間違いがなければ)で見たことがある。
 久しぶりのビバ・エスパーニャだった。25年前は、ゴヤのことなら何でも聞いて、お答えできます、と胸を張っていえたのに、有名な作品の名前さえなかなか出てこないのには我ながら驚いた。

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