不思議な話

2013年9月14日 (土)

金魚 その4


写真は横腹に白が混じった金魚


今年も孫たちと一緒にお祭りに行った。去年と同じ場所に店を出している「金魚すくい」で今年は孫たちが挑戦。でも残念ながら失敗。店は小学生の男の子が手伝っていて、「ほら、はやく600円貰って」などと母親らしき人にいわれている。金魚は細長い箱のなかでうろうろと逃げ回っている。黒い出目金や尻尾の長いぶちの和金、まったく普通の赤い金魚などさまざまだが、よく見ると、どこか欠点のある金魚ばかり。きっと美しい金魚は金魚屋さんに買われ、商売にならないものは大きな魚の餌にされるか、捨てられてしまうか、またはこうしてお祭りの露店で細長い箱のなかで追いまわされる運命にあるのだろう。子どもたちがもらった金魚もあまり美しいとはいえないぶちと、一見鮮やかな朱色だが、横腹に白い痣がある2尾だった。結局、私が預かることになり家に持ち帰る。まずは、それぞれ別のバケツに入れて様子を見ることにする。どちらかに病気があるとうつってしまうかもしれないからだ。餌を撒いても、最初は2尾ともまったく食べなかった。食べ方を知らないのかしら…と思う。そのうちぶちの金魚が狂ったようにジャンプし始めた。バケツから飛び出したら死んでしまうので覆いをする。翌日は水底にじっとしていて眠っているようだった。5日ほどすると2尾とも落ち着いたので金魚鉢に移した。

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2013年9月 5日 (木)

金魚 その3

 風に乗って幽かに聞こえてくる祭囃子……あっという間に1年が過ぎた。去年のお祭りで買った金魚は、倍の大きさになった。5日に一度、金魚鉢を洗って水を取りかえる。死んでしまった白い金魚の分まで元気で、毎朝、私が傍にいくと落ち着きなく騒ぎはじめ、大きな目を見張って私の姿を追ってくる。餌をひとつまみ撒いてやると、オーストラリアのジャンピング・クロコダイルみたいに、水面から飛び上がって喰いついてくる。どことなくミステリアスな個性的な金魚で、とっても可愛いなぁ、と思って見ている。金魚1匹でも、1年も一緒に暮らしていると家族の一員、私の顔を見ながらぶくぶくと泡を出して、まるで何かしゃべっているみたいだ。

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2012年10月 1日 (月)

金魚・その後

 先週土曜日は孫の運動会だったので、お弁当を作って出かける。
 2週間ぶりに会った孫が、白い金魚が死んじゃったんだよ、と残念そうにいう。よくよく話を聞いてみると、私が午睡中に、白い金魚が飛んできた夢を見た日のようだ。不思議なこともあるものだが、偶然だろう。それにしても、今もはっきり思い出すことができる。尾びれが長くてひらひらして可愛い赤い斑点がついていた。それがふわりふわりと飛んでいたかと思ったら、すーっと赤い金魚に向かって下りていった。
 白い金魚の魂が、今わの際に赤い金魚に会いにきた、などと思うのは、いくらなんでもばかばかしい。それなのに、あの2尾は特別な関係だったのだろうかなどと考える。それは本人たちにしかわからない。何も話してくれないのだから…。

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2012年9月28日 (金)

金魚

 今月半ば、お祭りだというので、孫と一緒に近所の神社に行って金魚すくいをした。「まかせなさい」と腕まくりしたものの一尾も取れなくて、孫たちの尊敬を集めることはできなかったが、金魚屋さんが2尾、白いのと赤いのを小さなビニール袋に入れて持たせてくれた。白い方は孫が持って行ってしまったが、赤い方は金魚鉢に入れてサイドテーブルの上に置いた。孫に教わったように、朝と晩にえさをやる。そのうちに何だか情が移って可愛くなってきた。妹が「まさか、おばさま、なんて金魚が囁いたりしないでしょうね」というので、「いくらなんでも、室生犀星じゃあるまいし」などと応えていた。
 このところ夏の疲れが出たのか、なかなか体調が元に戻らない。昨日もソファーでうとうとと午睡していたら、白い金魚がどこからかふわふわ飛んできた。私の回りを蝶々みたいに飛び回り、サイドテーブルの上に置かれた金魚鉢のなかにすーっと降りて行ったところで目が覚めた。きっと赤い金魚に会いに来たのだと思って、急いで金魚鉢をのぞいたが、やっぱり赤い金魚しかいなかった。

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2011年11月 5日 (土)

 夜なかに夢の中で目が覚めた。まず感じたのは、大変だ、昨日は約束していたことがあったのにすっかり忘れていた、という焦りだった。一昨日*さん(誰だかよく分からない)と、翌日(昨日)私たちが卒業した高校で選挙の投票があるから、*時に待ち合わせようということになり、私は*さんが来るまで会場の入り口で待っているからね、と約束をしたのだった。それをすっかり忘れていた。どうしよう、どうしよう…と困惑しながら意識の大海原を漂っていた私が、突然冷たい砂浜に打ち上げられて目が覚めた。
 そうして思い出したのは一昨日の夜にみた夢だ。まさしくその約束をした夢をみたことを思い出したのだ。何だか頭のなかがこんがらかってしまい、ロボットみたいに「故障です!」などと言いながら首から上の電気が点滅しているんじゃないかしら…そんなこんなで何が現実だったのかしばらく分からなかった。
 しかし本当にそんな夢をみたのだろうか。それにしてもここまではっきり一昨日みた夢だと分かるのだから、やっぱり本当にみたのだろう。2日前の夢の続きを夢で見る、などということはあるのだろうか…私がみるくらいだから誰にでもあるのかもしれないけれど…。

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2010年8月25日 (水)

箱根・きのくにや旅館

 8月のはじめに箱根に行った。芦ノ湖で海賊船に乗り、車で山に入ると通り過ぎる目の端に「きのくにや」の看板が…。あまりの懐かしさに車を停める。ここは小学校6年生の林間学校で泊まった旅館、母も妹も一緒だった。当時はそうやって母親や弟妹が林間学校に参加することは普通で、ひとクラスで5、6人の母親は必ずついてきた。
 帰宅した後、母が私にこんな話をした。旅館のそばに苔蒸した小さな石段があったので上って行くと、おかしな格好をした石仏が並んでいて権現様が祀られていた、と。権現様は徳川家康のことよね、と私がいうと、そうね、家康を祀っていたのかしら、鬱蒼としていてとても不思議な場所だったわ、といったので、私は自分が行き損ねたことをとても後悔した。
 その後、どんなところだろうと想像をめぐらせ、想像はふくらみ、それは何十年かの間に時おり思い出されては、さらに美しく彩られた。今や、私の心の中でひとつのお伽噺となり、さらにいえばこの世に存在しない桃源郷のような、行きたくても行かれない「夢の場所」と化していたのだが……「きのくにや」の本館玄関を通り越して少し歩くと……長い間夢にみたそれらしき石段があらわれたのだ。もしや、母が話していたのはこれではないかしらと半信半疑で近づくとまさしく「熊野権現旧跡」と書かれた木札が立っている。私は感動のあまりドキドキして速足で石段を上り、そしてついに…ついに赤い鳥居の先に不思議な風景を見たのだった。
 正面に2本の大きな杉の木が立っていた。その杉の木に挟まるようにかやぶき屋根の田舎屋が一軒。「東光庵」とあり、江戸時代の俳句結社の庵だと説明書きがあった。石碑や珍しい格好の石仏だか石像だかがそこだけ明るんだ小さな窪地を囲む斜面に所狭しと並べられていた。周囲は鬱蒼とした夏樹木に覆われてしんと静まりかえり、かやぶき屋根の上には儚げな泡のような花をつけた野草が生い茂り、右手の小さな社には白地に「熊野神社」の文字が染め抜かれた旗が数本立っているだけ。これこそが私が50年間夢見ていた場所なのだと確信した。 
 ここは異次元の箱根。50年前に泊まった「きのくにや」が天の彼方からやってきた。離れに続く曲がりくねった渡り廊下に薄暗い電灯が点る…母が作ってくれたピンクとグリーンの大きな葉のついた夏ワンピースを着た私…その肩にお化けがしがみついてきた…。あの年は昭和37年だろうか。そして突然あの夏の終わりの寂しさが蘇る。あれは子供が感じる単純な寂しさではなかった。私は「受難の時」を迎えようとしていたのかもしれない。


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2010年6月17日 (木)

不思議な梅の木

 今年も梅の季節になった。母の家の狭庭に梅の木がある。毎年、梅雨の晴れ間に私も妹もかりだされて実を採るのだが、けっこう大きな木にたくさん成っているので大変だ。脚立を持ってきてそれでも届かない時は、はしごに上ったり…。梅酒にしたり梅干しにしたりしてもまだ余ってしまう。一昨年はとうとう母が、梅の木の幹を軽く叩きながら、「もうあと2、3年はお休みしていいわよ」といったものだ。そのせいかどうか、梅は急に実をつけなくなって、去年も今年も一粒も成っていない。
 以前、知人が同じような話をしていた。庭の梅に毎年たくさん実が成って始末に困ってしまったので、梅の木に向かって「来年は一粒もいらないわ」といったら、次の年、本当に一粒も成らなかったそうだ。樹木は何でもわかっているのかもしれない、不思議なことだ。

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2008年10月18日 (土)

不思議な太い指

稲垣足穂の詩集(とはいっても掌編集のようなもの)を読んでいたら、何にどう触発されたのか、記憶の底に眠っていたある不思議な体験が甦ってきた。

私が4歳か5歳、とにかくとても小さな時分だったと思う。雪谷市場(今はもう壊されてしまった)の出口付近にあった魚屋の店先でのことだ。私は母の買い物についてきて、ぼんやりと母のそばで店の方を向いて立っていたのだと思う。……と、いきなり大きな手が私の頭をてっぺんから摑むと、ぐるっと回そうとしたのだ。髪の毛も強い力で引っ張られて、私は驚いて振り返った。でも、そこにそれらしき人はだれも見当たらなかった。周囲は買い物客で混雑していたが、人々は私からかなり離れていたし、そんな早業ができるなんてとうてい思えなかった。私は腑に落ちない気持ちでまたもとの姿勢に戻ったが、すぐにまた同じことがおこった。振り向いても誰もいない。何度か同じことがおきたのですっかり怖くなってしまい、くるりと道の方を向くと、じっと前を見つめていた。それきり何もおこらなかった。

そう、それだけのことだ。でも考えてみれば本当に不思議で、今でもその太い力強い指の感覚がこの頭の上に残っている。似たような経験をお持ちの方、いらっしゃるでしょうか。

それはそうと、「BK1」「楽天」「yahoo」で訳本が子供の本の売れ行き1位。「楽天」は週間でも1位(「崖の上のポニョ」や「ハリーポッター」を抜いて…です)でした。ホントかしら。図書館でもけっこう待ち人数が多くて、横浜の図書館などは13人待ち。有難うございました、嬉しいです。

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