映画

2016年5月13日 (金)

『蜜のあわれ』

DSC_4879

 

3月に新刊書が出版されてほっとしたのもつかの間、溜まっていた用事に追われ続けて、今だに落ち着かない。

ひと月ほど前になるが、予定が急に変わって時間が空いたので、ひとりで映画を観にいった。室生犀星の中編小説を映画化した『蜜のあわれ』。映画化するには向かないのでは、と思っていたが、映画には工夫が見られた。

金魚になっている主人公(二階堂ふみ)が、金魚みたいに頬を膨らませて体勢を崩すと、まるで水中で動いたようにふっと水音が入ったり、ぽっくりを履いて道を歩く主人公の足音が、水が噴き出るポコポコいう音と似ていたり……。

けれども、幽霊(犀星の妄想?)になって登場する芥川龍之介の印象はちょっと違うように思った。顎に左手を当てているあの有名な写真のイメージなのかもしれないが、実際の芥川は、あんなに暗くて哲学的な面ばかりではなかったはずだ。お酒を飲みながらはしゃぐような、お茶目で寂しがりやだったのでは……。

また、室生犀星(大杉漣)が、芥川の幽霊に、「…君は素晴らしかった、君はキリスト、救世主だ、ぼくはとうてい君を越えることはできない…」というようなことを言うのだが、犀星は本当にそう思っていたのだろうか。芥川は文学アイドルだったから、あんなふうに死ななくてはならなかったのだし、結局書けなくなって自殺してしまったといういきさつを、一番よく知っていたのは犀星ではなかったのか。それに私が知っているかぎり、君はキリストだ、といったのは奥野健男、キリストといわれたのは芥川でなく太宰だ。

何にしても、やはり文字の与えるイメージほど鮮明なものはない。残念ながらどんな映像もお手上げだ……と、思うのは私だけ?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年6月24日 (火)

ありのまま

 友人たちと品川の映画館に『アナと雪の女王』を見に行く。ご存じ、ディズニーのアニメーション映画。
 思ったよりも分かりやすいストーリーだが、素敵な王子さまがいきなり悪人に豹変したり、真心を尽くしてくれた相手と結婚するのかな、と思うとそんなこともなく、単純ながら奇想天外という話だった。どんでん返しがなければ、今は受けないのか……作る側も苦しいところである。
 息子たち一家がくるたびに「ありのままの姿みせるのよ、ありのままの自分になるの……」と、孫娘たちが身振り手振りで歌って見せるので、耳にタコができてしまった。先日も、我が家へやってきて、食事中、私が「アナ雪」見ましたよ、というと、孫娘たちの大合唱になり、やがて大人たちも英語で歌い出し、ちょっと驚いた。子どもたちは、「ありのまま」は「蟻のママ」と思っているふしがある。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月14日 (月)

映画〜ジェイン・オースティン〜

映画〜ジェイン・オースティン〜

映画の試写会で『ジェイン・オースティン(秘められた恋)』を見た。20歳のジェインが恋したトム・ルフロイは貧しい法律家だ。容貌、雰囲気などは、小説『自負と偏見』に登場するエリザベスの結婚相手ダーシーを思わせる。トムははじめジェインを田舎娘だとばかにするが次第に心惹かれ、ついに結婚を決意する。しかし叔父の反対にあい、最後は駆け落ちまで試みるが結ばれることはなかった。ストーリーは単純だが、美しく上品な映画だった。

映画と文学は本質的に違う。作家を主人公にした映画は多いが、小説を読み込んだ人々を心酔させるのは難しい。小説を媒介として作家像ができあがっているからだ。映画『ジェイン・オースティン』はそのような面を上手に克服しているように感じられた。

「ジェイン・オースティンは日本人には分からない」といったのはラフカディオ・ハーン。「ジェイン・オースティンの世界は『トム・ジョウンズ』を書いたフィールディングの世界(『トム・ジョウンズ』もまた日本人には分かりにくい作品とされている)の女性版」といった評論家もいた。奇しくも映画のなかでトムが『トム・ジョウンズ』をジェインに読むように勧める場面がある。実在するトムも『トム・ジョウンズ』を愛読していたそうだ。

映画は美しい「夢」に似ている。映画館はいつでも夜、闇に咲く光の花はまさしく「夢」だ。トム役の青年はスコットランド生まれ・・・綺麗な青い目をしていた。憂いを帯びた青い目は北国スコットランドの海の色だ。

(C)2006 Becoming Jane Films Limited, Scion Films Premier (Third) Limited Partnership and 

UK Film Council

All Rights Reserved

10

月下旬よりTOHOシネマズ シャンテほかにて全国順次ロードショー

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月19日 (月)

懐かしの空間・三軒茶屋中央劇場

30年ぶりに映画見物に誘ってくれた人がいて『ラフマニノフ・ある愛の調べ』(2007年・ロシア)を観た。その人は昔からラフマニノフのファンだが、私はショスタコービッチこそ天才よといつも反論する。ピアノコンチェルトの2番だって、ラフマニノフも悪くないけど、ショスタコービッチの2楽章はこの世のものとも思えないほど美しくも哀しい旋律、天才にしかかけないわ、というのが私の言い分。

映画は、まず社会主義国ソ連がすっかり悪玉に仕上がっていることに驚く。3人の女性とライラックの花に絡めてラフマニノフの半生を描いたものだが、映画の筋立てやラストシーンはずいぶん前に流行ったようなかたち、映像も音響も本当に2007年に製作されたのだろうかと戸惑ってしまう。どちらがいいとは言えないが、ハリウッドのものとは雲泥の差だ。

映画館が格別だった。今どきこんな映画館がまだ東京にあったなんて。建物は戦後すぐに建てられたもので60年近く経っているという。屋根の上に掲げられた「特選映画封切場」の文字、夜になるとネオンに彩られるのだろうか。灰色の建物を眺めていると、子どものとき親に手をひかれて入るのがちょっと怖かったとか、学生の頃制服を着たまま入るのは何となく後ろめたかったとか、そんな気持ちをふと思い出す。切符売り場の窓は閉まっていたが、入り口の扉を開けると石油ストーブがともっていて、その上の粗末なやかんが盛んに湯気を吐いていた。切符切りのお兄さんが、ぽつりぽつりとやってくるお客に、何の変哲もない800円と書かれた小さな券を渡している。喫煙コーナーの細い三本足の大きな丸い灰皿や、ビニールの貼ってある長椅子も懐かしい。2階にも座席があるらしいが今は立ち入り禁止になっている。

黒い両開きの扉を押して劇場内に入ると、両側にひかれた赤いビロードのカーテンと画面を覆う白いサテンのカーテンが先ず目に入ってくる。赤いビロードには金字で地元の企業や不動産屋の名前が書かれ、壁には「上演中に喫煙をすると1万5千円以下の罰金です」なんて手書きの紙が貼ってある。隣に座っている人の息づかいや体臭まで手に取るように分かってしまいそうな、肩や腕がどうしても触れ合ってしまうような狭い座席。それでも当時としてはとてもモダンな赤い椅子だ。

廊下に出ると左手に「殿方洗面所」右手には「婦人洗面所」と古風な文字が並んでいる。洗面所のなかは総タイル張りで水洗トイレ用の木製の水ためが天上に張り付いている。とても清潔にしてあるので不快ではない。上映されている映画の音は廊下にまる聞こえで、昔は本当にこうだったとすべてがほのぼのと懐かしくなった。

| | コメント (2) | トラックバック (0)