考えなければ

2012年7月16日 (月)

日本とドイツのエネルギーイノベーションとグリーン成長

 今日は、東京の代々木を中心に大規模な原発反対デモがおこなわれている。私の周囲の人たち(友人、知人)は数人を除いてことごとく原発はやめるべきだという意見だ。私としても、一瞬にして先祖代々の土地を奪われてしまった福島の人々のことを思えば、平気で今まで通り原発が必要、などという人々の心を疑ってしまう。それになぜか反対派より賛成派が、感情的で作為的なのも気になる。
 先日、某企業のシンポジウムに参加した。原発やCO2問題に関して、企業は(ビジネスとして)どう考えているのか知りたいと思ったからだ。
 駅前のイタリアンでひとりランチをして東京国際フォーラムへ。
「日本とドイツのエネルギーイノベーション(技術革新)とグリーン成長」と題したシンポジウム。
まず、「再生可能エネルギー買取法」を成立させた菅元総理の講演。「自分は震災前までの考えを改めて、原発には反対だととなえてきた。そうはいってもなかなかやめられないのだから、原子力エネルギーだけを切り離して国有化し、徐々にやめる方向に持って行くのが良いのではないか、そして本当に必要なのかを良く考えるべきだ」という言葉が印象的だった。
 その後、日本人とドイツ人、4人ほどの講演があり、どれも興味深いものだった。ドイツの講演者は「ドイツではフランスから電気(原発の)を買っているだけと思われているようだが、我々も電気を売っているんです」とのこと。ようするに無駄さえなくせば、原発がなくてもエネルギーは余り、それを売ることができるのだ。
 日本の講演者は、「まずは政治改革が必要ではないか。明治時代からの中央まかせの政治をやめて地方政治、地域政治の連携のようなしくみを作るべきだ。中央集中的なシステムには無駄が多く、日本はひどい時には40パーセント以上の無駄(捨てている)が出ている」と。
また、ドイツで20年前に作られたスマートシティーの話もあった。日本でも始まっている。
 日本では原発が日本の経済発展に不可欠のように報道されるが、本当のところ、原発は日本の近代化の妨げになっているという気がした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年8月 5日 (金)

放射能汚染

 このところテレビやラジオも、以前より真剣に放射能汚染について報道するようになった。ちょっと前までは、牛が食べる稲ワラが汚染されたといえば「専門家」なる人が出てきて「大丈夫です」という。野菜を作る腐葉土が汚染されたといっても「専門家」なる人が出てきて同じように「大丈夫です」という。大丈夫じゃないから報道しているのだろうから、何が何だかわけがわからない。まったく滑稽な報道だった。
 原発に関しては様々な意見がある。ただ、同じ日本国内でも、被害を受けた関東以北と、まったく被害を受けなかった関西以南とは、人々の危機感の「熱さ」が違うようだ。もし今回東京が、地震や放射能汚染の被害を全く受けていなかったら、日本全体がもっと「大丈夫」ムードだったのではないだろうか。
 今から25年前、スペインに住んでいる時にチェルノブイリ事故が起こった。スペインでも子供たちに公園で遊ばせないように、雨に濡れないようにとお触れがでた。そのとき、友人に借りて読んだ広瀬隆の『東京に原発を!』という本が印象的だった。かわった題名だが、原発が本当に危険でないのなら東京の中心に作ればいいというものだ。今回、もし東京に原発があって事故を起こしていたら、政府の機関とか皇居とか日本の中心となる繁華街とかが全部立ち入り禁止区域になるということだ。それは困ると誰でもが思うだろう。だからといって福島ならいいのだろうか、そんなことはないはずだ。人の意識はそれぞれの立場で違うのは当たり前だが、もし自分が被害者だったらと真面目に仮定してみることが大切なのではないかしら。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年5月31日 (火)

Noblesse Oblige

このあいだの大雨の日、タクシーに乗った。運転手さんとの、すごい雨ですね、などという会話から、どうしても放射能の話題になる。
「こんなときに一番呑気なのは政治家ですね、誰にやめろ、誰が何いったなんて、そんなこといってる場合じゃないですよ」と運転手さん。
「どうしてあんなに他人ごとなんでしょうね。自民党は原発を推進してきたんだから、少しでも責任を感じるんならごちゃごちゃ言ってないで協力すればいいのに。やってることもいってることも本当にとんちんかんでくだらない」と私。
「それに東電も頭にくるね。てめえらの責任なのに、電力値上げなんてよくいうね、社長は特別手当なんて貰ってる場合じゃないよ」運転手さんはもうべらんめえだ。
「ほんとよね、国民をばかにしているわ」私もいつしか親しげなタメグチ。
「でもね、あんまり腹を立てると身体に悪いから気をつけて下さいよ」降りるとき、運転手さんにいわれてしまった。
イギリス人がよくいう「Noblesse Oblige」という言葉を思う。高貴な者は率先すべし、責任者は国を守るために先頭にたって実践しなければならない、ということだ。政治家も東電幹部も、まず福島に行って原発の中に入ってみなさい、といいたくなる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年5月15日 (日)

原発事故

 西大井までタクシーに乗った。運転手さんは私よりもかなり年上にみえるがさすがにプロだ。西大井への道はわかりにくいけれど、迷うことなく一番近い道を進む。「今日は暑くなりそうですね」と運転手さん。「気候が不順ですね、天変地異など起こらないといいんですけど…」と私。「本当にね。原発事故もいやですね。日本は唯一の被爆国なんだから、はじめから原発はやらないって言えばいいのにね」と運転手さん。その言葉を聞いて、私と同じように考える人がいるのだと驚いた。私もこんな事故が起きる前から原発は大嫌いで、どうして唯一の被爆国の日本が世界に向かって強く反対の姿勢を示さないのか疑問だったし、とても腹立たしかった。
 形あるものは必ず壊れる。絶対なるものなどこの世にあるはずがない。「奢れる者も久しからず」だし、それが「盛者必衰の理」だ。
 1963年に東海村ではじめて原子力発電が成されて以来、50年もしないうちにこの事故だ。原発推進派の人たちだって絶対にわかっていたはずだ。でも目先の利益やもろもろの欲望のために一抹の不安に目をつぶっていたに違いない。「日本は山の国なんだから水力発電に力を入れればいいんですよ」と運転手さん。「本当にね、事故を起こして莫大な補償金を払い、国土の3分の1を汚染で失って周囲の海も汚染されて、それくらいなら水力発電にいくらお金をかけてもお釣りがきますね」と私。
 西大井の駅が見えてきた。「私はね、広島で被爆しているんです。学童疎開していてね。あの光景は生涯わすれられませんね…」運転手さんはぽつりとそういった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年5月 9日 (月)

『みやこわが町』

 宮古のKさんからお父上が造られたという引き出し付きの小物入れが送られてきた。丁寧な手作りの小箱でとても嬉しかった。震災のあとすぐに、一日も早くと思い、ささやかな食料品をお送りした。そのお礼にとのことだった。頂いたいきさつなどを書いて引き出しの底に張り付けた。子供たちや孫たちにも、震災とそれに伴う人々の思いを覚えていてほしい。段ボール箱のなかには特産物のカンズメやお菓子とともに、新聞『岩手日報』や冊子『みやこわが町』も入っていた。津波の惨状や復興の様子、各地から集まってきたボランティアの人々の活躍などが載っている。それらを読むとあらためて津波の恐ろしさが身に沁みるとともに、人の心の優しさも身に沁みる。
 多くの人々の意識が日本の復興に向けてひとつになっている時に、政治家のつまらない派閥争いなど本当にやめてほしい。国会中継を聞いていても相手の粗探しばかりでいやになってしまう。今こそ、派閥や政党、利害など関係なく、一致協力して日本と日本人のために真剣に働くべきだ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)