CD

2013年4月 7日 (日)

村下孝蔵

 「キッチンで聞く労働歌」のひとつに村下孝蔵のCDがある。
 『踊り子』とか『夢のつづき』とか『初恋』などが良い、でも、繊細すぎて危ういほどだ。何となくルイス・キャロルやエゴン・シーレ…などとも思ってしまうのだが…。実はちょっと女性恐怖症めいたところが私は好き。
 村下孝蔵の世界に浸れば、真っ黒に日焼けして校庭を走る体育会系の女の子も、あっという間に伏し目がちの夢見る少女になってしまう。1953年熊本県生まれ。46歳で早世した。

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2011年5月28日 (土)

『Yo Yo Ma ・ Soul of the Tango』

 誰もいない土曜日の朝、雨が降っている。幽かな雨音と流れるタンゴ…。このCDを聞くと、あの頃の私が蘇る。
 私にも人にはなかなか理解してもらえない辛い時期があった。来し方も行く末も見えない。地の果てを汽車に揺られながらどこかへ運ばれていくような気持ちだった。窓の外は茫漠とした曠野。垂れこめる灰色の雲、遠く見え隠れする名もない山脈。絶望に打ちのめされ底知れない不安と戦いながら、涙にさえも見放されて、ただじっと座席の揺れに身を任せていた。
 そんなとき、なにげなく手に取った一枚のCD『Yo Yo Ma ・ Soul of the Tango』。このCDを私はいったい何回聞いただろう。繰り返し繰り返し何日も何日も…。聞きながら私は花の絵ばかり描いていた。こんな気持ちになることは誰の人生にも何回かはあるのだろう。
 古い友人Y子さんから久しぶりの電話。今回の震災で本当に多くの人々が傷ついた。それぞれの心配、それぞれの焦り、それぞれの困難…、私には祈ることしかできないけれど、Y子さん、元気を出してね。私よりもずっと若いのだもの…、時間が少しずつ解決してくれる、きっと良い方法が見つかる…そんな気がします。


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2008年9月24日 (水)

ジョニーもスミスも…ジェロ2

Kazは車で聞くらしいけど私は台所で聞く。

お米を砥いでスイッチをいれ、なめことお豆腐とみつばのお味噌汁を作り、アジを3枚におろす頃、CDを聞き始める。たたいてネギとしょうがを刻んで乗せ、鶏肉を焼き鳥風に焼き、ミズナとたまねぎとミョウガを刻んでサラダにし、あとはぬかみそからきゅうりと茄子を出して大体終わり・・・というような、ちょうど気分が盛り上がってきた時くらいに『本牧メルヘン』が始まる。

「本牧で死んだ娘は鴎になったよ ペットのブルースに送られて 踊るのが大好きと言ってたあの娘が さびしさに耐えかねて死んだのさ」でもその次に出てくる歌詞を聞くと、毎回必ず暗雲のような疑問が湧く。

「ジョニーもスミスも泣くのを忘れて 海鳴りに向かって歌っていたよ」という歌詞だが、「太郎も山田も泣くのを忘れて」というような言い方は英語では一般的なのかな…「太郎も次郎も泣くのを忘れて」ならすんなりくるけど、…しかも、歌っているのはアメリカ人。なんかおかしいなと思いながら歌っているのかな…。どうでもいいけど気になる。

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2008年9月18日 (木)

ジェロ

CDは平均して6年に1枚くらいしか買わない。今年、ジェロの「カバーズ」を買った。演歌というのは古賀政男が礎を築いた、古賀は韓国の人、だから演歌はもともと朝鮮半島のメロディーなのだ、という説をどこかで読んだことがある。

しかし私が演歌に惹かれるのは、どちらかというとメロディーではなく歌詞のほうだ。

「投げて届かぬ想いの糸が、胸にからんで涙をしぼる」、とか

「眠るおまえの目じりに涙、おれの旅路の終着駅か、そんな気がして寝返りうてば、闇に夜汽車のふえがなる」、とか。何故なのだろうか……すごく良い。

テレビはまったく見ないが、朝から昼過ぎまでFMラジオを聞いている。毎日、午前中のクラシック音楽番組が終わると、昼近くからは歌謡曲を流す。

そのなかで抜群に良い声で抜群に上手な演歌歌手がいた。ジェロという名。おかしな名前だが、今は演歌歌手だってそんな名前もありだろう、などと思いながら聞きほれていた。ジェロがアメリカから来た黒人歌手だと知った時は心底仰天した。

銀座のヤマノでCDを買い、それから毎日聞いた。聞きすぎて今は少し飽きたが、秋も深くなったらまた聞くだろう。「本牧で死んだ子はカモメになったよ・・・」というのが、特別良い。

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