オーストラリア

2013年7月24日 (水)

オーストラリアの驟雨

 昨日はひどい雷雨で、あちこちで電車が止まったり、冠水したりして大変だった。
 でも、オーストラリアの驟雨はもっとスケールが大きくて、まるで掻きまわした水中にいるように周囲が真っ白、窓の外を眺めても水しぶきで何も見えない。しかも、飴玉くらいの雹が混じっていることが多く、うっかり車を出しっぱなしにしていると屋根がへこんでしまうことがある。
 運転中に驟雨にあうと大変だ。一度、市内から我が家へ帰る山道で、物凄い雷雨にあい、雨脚が強すぎて運転席のワイパーがちぎれて飛んでしまったことがあった。その山道はなかなかの難所で、花束や十字架がところどころに置かれているような(そこで事故死した人がいる)、危ない道だった。同乗者もなく、運転席のワイパーなしで山道を運転するのは、至難の業だったが、助手席のワイパーが無事だったので、身体を左に傾けて前を覗く格好で家までたどり着いた。今だったら考えられない離れ業だ。慣れた道だったから良かったものの、よく無事だったと思う。

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2012年5月 4日 (金)

シドニー・4.コアラ

 今回はタロンガ動物園、フェザデール動物園、ワイルドライフ、と動物園巡りの旅行だった。子どもたちは大喜び、私も動物園が好きなので楽しんだ。子どもにとって、コアラはどうしても見なければならない動物のひとつだ(兄の方はなぜかコアラよりワニが気に入ったようだったが)。
 シドニーに住んでいた頃はどんな動物園でもコアラを抱くことができた。現在はニュー・サウス・ウェールズ州ではコアラを抱くことが禁じられている。そっとなら触っても良いよ、と飼育係のお兄さんにいわれて、子どもも大人もおそるおそる手を伸ばす。固くてごわごわして、体温で温められているせいか湿った感じ…そうだったなぁ。
 私はたった一度だけ野性のコアラを見たことがある。ケアンズの南にあるアボリジニの遺跡にいったときのことだ。遺跡は周囲に溝のある円形の祭祀場のあとで、数千年前からつい最近(20年ほど前)まで使われ、村人の心の拠り所だった。アボリジニの男性がふたりで案内して説明してくれた。シドニーから電話をしてガイドを頼んでおいたのだ。説明をしているとき、ひとりがふと木を見上げて、コアラがいる、といった。高いユウカリの木の上に野性のコアラが眠っていた。ふたりは、コアラを落とそうとするのか眠っているのを起こそうとするのか、もしかしたら私たちに見せようとしてくれたのかもしれないが…木を揺すったり下から木切れを投げたりした。私はいいからそっと眠らせておいてほしいと思ったものだ。
 もともとオーストラリアのどこにでもいた野性のコアラは、今は全くいないらしい。アボリジニの遺跡も興味深かったが、野性のコアラを見たことも貴重な体験だった。

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2012年4月28日 (土)

シドニー・3・マンリー

 サーキュラー・キーからフェリーに乗ってマンリーへいった。
 船着き場から海岸までの道沿いに店が並んでいる。子どもたちは砂場セットを買ってもらったが、兄は水色のセット、妹は1才ながらピンクのバケツを主張。
 マンリー海岸は明るい秋の陽射しに満ちていた。子供たちは大喜びで砂遊びに興じる。私は日陰のベンチに腰掛けて海を見ていた。周囲には年配の夫婦が座って、口数も少なくぼんやり海を眺めている。
 1998年の夏、2月、スキューバ・ダイビングのライセンスを取った。4日間ほどの講習で取得できるが、最後の実習がこのマンリーのシェリー・ビーチだった。
 初めて海に潜った私は、目の前に広がる別世界に心を奪われた。私の周りを黒い大きな鯛や黄色い縞模様の魚が薄い体をくねらせて泳いでいた。少し沖に出ると海藻の群があり、そのあいだにふわりと浮いたようにオーストラリアにしか生息しないウィーディ・シードラゴンがいた。海の流れに身を任せるようにゆららゆららと…。黄色みがかった大きなタツノオトシゴ、これはオスが子どもを産む不思議な生物だ。
 けれども重い酸素ボンベを担いで海から浜辺へ上がっていく時は大変だった。
 私のバディさん(相棒)は「まるで十字架を担いだキリストみたいね。あえぎあえぎやっと歩いている」と笑った。

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2012年4月21日 (土)

シドニー・2・キングステーブルランド


写真はブルーマウンテン

 ユウカリの森に覆われたブルーマウンテンはシドニー郊外の景勝地。
 シドニーから日帰りの日本語ツアーに参加した。孫は日本語しか分からないし、現地の観光会社より日本人相手のほうが行き届いているだろうと思い、また、何といってもキングステーブルに行くと銘打っているのはこれだけだったからだ。
 キングステーブルはブルーマウンテンの奥深くにある。巨大な砂岩の上にアボリジニの描いた不思議な亀甲模様が連なり神秘的ともいえる眺望が広がっている。神がいて地上に降りてくるとしたらこんなところではないかと思うほど魅惑的な場所だ。
 シティーから国道4号線に乗り、ブルーマウンテンを目指す。
 黄色い野性のマーガレットが道の辺にたくさん揺れているのを見ながら…自家発電機を持っていたカリントン・ホテル(当時は廃屋のようになっていた)やヨーロッパの鉱泉ブームで波に乗ったハイドロ・マジェスティック・ホテル、グローウォーム(土ボタル)がいた鉱山鉄道の廃線トンネル、それに蒸気機関車も走っていた、など、大好きだったブルーマウンテンのそれぞれの場所が思い出された。
 ツアーはまずスリー・シスターズへ。そこからロープウエイに乗って上まで行き、トロッコ電車に乗って急勾配を下り、レインフォレストを歩き、またロープウエイに乗って戻る。しかしながら、日本語ツアーといっても何ひとつ説明がない。歴史も伝説もひとつも披露されない。これなら英語の現地ツアーで充分だったなどと思いながら、でも、キングステーブルが…と気を取り直し、期待して小型バスに揺られていく。
 ところが、ここだといって降ろされたところは、フラットロック(flat rock)という場所。
 私の知っているキングステーブルはアボリジニの聖地で、いつ行っても人っ子ひとりいなかったが、この混雑ぶりは何だろう。日本語ツアーのガイドは相変わらず何も説明しないので、ほかの団体をひきいていたガイドに、以前キングステーブルにはアボリジニが彫ったものがあったけれど、というと、彫ったものならそこらにたくさんあるじゃない、という返事。それはそうだ、おびただしい数の観光客の落書きが岩盤の上を覆っている。
 それにしてもあまりにもひどい。ブルーマウンテンが世界遺産に登録されるとかされたとかで、こんなにひどいことになってしまったのだろうか…。
 ここもキングステーブルの一部だということだったが、私が孫に見せたかった場所とは全然違っていた。
 せめて孫がトロッコ電車を喜んだことだけが救いになった。

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2012年4月18日 (水)

シドニー・1・タロンガ動物園

 シドニーへ行った。シドニーは40歳代後半に4年間住んだ町だが、その後ロンドンで6年暮らしたので印象が薄れてしまい、あまり思い出すこともなかった。でも…サーキュラー・キーの船着き場にたたずみ、右手にオペラハウス、左手にハーバーブリッジを眺めたとき、忘れていた昔の記憶が青空からシャワーのように降ってきた。この地を離れてあっという間に14年の歳月が流れていたのだとつくづく思う。
 オーストラリアはこんなに美しいところだったのか…シドニーはこれほど明るく気持ちの良い町だったのか……サーキュラー・キーからフェリーに乗り、海風に吹かれながら次第に離れていくシティーの高層ビル群や金色のシドニータワーを眺めていたら、それらすべてがマリンブルーに染まっていることに気がついた。海にヨットが点々と浮かび、空にはカモメが飛んでいる。青と白のコントラストの美しさ…私はシドニーで暮らし始めたころ、なぜヨーロッパに比べて物足りないなどと感じたりしたのだろう。シドニーはこんなに美しい、やっぱり誰かのいうように世界で一番美しい町なのではないかしら…と少し興奮気味に思ったりした。
 今回は孫の手をひいて出かけたので、まずはタロンガ動物園。シティーの対岸にあり園内からはユウカリの木立越しにオペラハウスやハーバーブリッジが見える。
 子どもは元気だが、私は少し歩き疲れてひとりでカフェテラスに座りこんだ。となりのテーブルに子ども連れの夫婦がいる。父親が、はしゃぎまわっている子どもたち4人に座りなさいといっている。シット ダウン プリーズ。すると、子どもたちはおとなしく椅子に座る。父親はサンキュウ ベリー マッチと返す。ふーん、そんなものなのね。子供扱いしないのね。まぁ、日本語に訳すとおかしいけれど、そんないい方は当たり前なのかもしれない。確かに、そうだったかもしれない…またまた難破した記憶が甦ってきた。

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2010年9月13日 (月)

パラグライダー

 青空を悠々と飛ぶ人間の影。下から見上げてすごい、と感心する。伊豆の山を飛ぶパラグライダーを見上げながら、これを克服できたら私の人生観も変わるだろう、などと考える。私は高所恐怖症、絶対に高いところには行かれない。
 30年も前、南フランスにあるローマの水道橋ポン・デュ・ガールの上を人が歩いているのを見て気を失いそうになったことがある。下から見上げるとアリくらいにしか見えないのだから、水道橋の上から下をのぞけば…と想像しただけで眩暈がしてしまったのだ。
 オーストラリアはパラグライダーが盛んで、友人のひとりがスクールに入って楽しんでいた。最初は先生がついて一緒に乗ってくれるの、先生は若くてハンサムなのよ、逞しい腕に抱きかかえられて空を飛ぶなんて最高!、とは友人の弁。一緒にやりましょうよと誘われたが、無理だと断念した。私は海なら怖くない、ダイビングのライセンスも持っている。でも空はやっぱりどうしても苦手だ。

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