灯台

2010年12月14日 (火)

仲田博史氏とブラントン

 昨日から具合が悪くて出かけることができない。横になってNHK・FMを聞いていたら、犬吠埼の仲田博史氏の話題が出てきた。何という懐かしい名前だろう。ブラントンと犬吠埼灯台についての講演をされたという。ブラントンはスコットランド人、明治初期に日本に渡り多くの灯台を建設した「お抱え外国人」のひとりだ。
 私の父は1995年に亡くなったが、生前、イギリスのノーウッドに埋もれていたブラントンの墓を発見するなど、初期のブラントン研究家だった。仲田さんを中心とした「犬吠埼ブラントン会」は1999年に発足した。2001年4月、ブラントンの没後100年の命日に因んでノーウッド墓参を行った際、私は父の娘として声をかけて頂いた。2000年の夏からロンドンに居住していたのだ。仲田さんとふたりのお子さま、若い石上さん、そしてブラントンの曾孫夫妻なども参加して、ミサが行われた。
 翌日、仲田さんとお世話をして下さった原田さんと3人で、イングランド南海岸ホーブに住むブラントン研究家ウォーレス博士の家を訪ねた。父はウォーレス氏と親しかったので、ともに研究した資料や父からの手紙などを見せてくれた。私に会うのを楽しみにしていたともいってくれた。
 海岸沿いのホテルで皆でランチをとった。隣に座ったウォーレス氏に「お子さんは…」と聞かれて「息子がふたりです」と答えると、「いくつですか」と聞く。「22歳と20歳で…」というと、私の顔をじっと覗き込んで「貴女の年を聞いているのではありませんよ」…と。ちょっと嬉しい気分になったが、きっとイギリス紳士特有のユーモアだったのだろう。
 今日は天気も雨模様、具合も悪くて気分も沈みがちだったが、懐かしい名前を聞いて当時のことを思い出していた。

| | コメント (4) | トラックバック (0)