同窓会・クラス会

2014年6月11日 (水)

雪谷中学校同窓会

 中学の同窓会に初めて参加する。ブラスバンド部が東京大会で金賞を取ったので、同窓会場で演奏を披露するというのだ。M子とA子と校門で待ち合わせて校内に入る。建物もまったく変っていて見当がつかず、案内に従って会場へ。
 ブラスバンド部……私たちの後輩である。思えば50年前、私たちも都大会に出場し、けっこう難しい曲を演奏した。楽譜は自分のパートをスコアから手書きで書きうつしたが、それが楽しくて仕方がなかった。
 部員が入場してくると、驚くべきことにほとんど全員が女子生徒で、男子生徒は数人しかいない。50年前の部員は、ほとんどが男子生徒で、金管楽器を吹く女子生徒は皆無だった。50年の歳月を思えば、そのような変化は当たり前かもしれないけれど。
 演奏が始まると、一気に幻想だか妄想だかの世界にひきこまれ、一緒に聞いているA子やM子、そしてY子にJ子に私……セーラー服姿の仲間が、皆で楽器をならしているような錯覚に陥った。最後に懐かしい校歌を歌っておひらきになった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年11月 5日 (火)

高校1年のクラス会

 写真は品川神社

 今回は幹事が「旧東海道を歩く」ことを計画してくれた。高校が旧東海道品川宿のすぐそばにあり、1年生の時、社会の授業で皆一緒に歩いたことがあるのだ。
 15人ほどで北品川駅から歩きはじめたら雨が降り出した。50年近い年月が一瞬にして巻き戻される。
 さまざまな音からさまざまな記憶が呼び覚まされさまざまな空想が混沌と溶け合いとりとめのない夢のように景色や人が現れては消えていく……。
 セーラー服すがたの16歳の私があっという間に60歳の私になり、やがて200年前に生まれた私が横町にあらわれる……。目を凝らして見れば目の前に小さな光のような江戸の名残り、目を凝らして見ても見えない透明になった私の青春……。人間の歴史もそれぞれの人生も一瞬のできごと……海は遥か彼方に遠のき、灰色の虚空から降り注ぐ雨、雨、雨……。
 そのあと現実に戻って青物横丁のイタリア風レストランで宴会。8時半頃解散。楽しいクラス会でした!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年9月25日 (水)

大学大同窓会

 大学大同窓会は毎年、秋の決まった日に開かれる。学部会やクラス会、クラブやサークル、さまざまなグループごとにOBが集まり、現役の学生たちと交流を持つ。
 私の所属していたオーケストラOBの同窓会は、大学に隣接する会館で開かれた。どこの部屋からもカレッジ・ソングが聞こえてきて、何だかとても懐かしい。
 そうはいっても、私は小学生のころから大学に至るまで、学校というものに満足したことがなかった。どこか違うといつも思っていた。私が特別変人だったのか、ただ単に学校の勉強が嫌いだったのかわからないが、大なり小なりいつも不満を抱えていたことは確かだ。子どもの不満といえば、やはり「自分を認めてもらえない」ということに尽きるだろうが、私の不満はそういうことでもなかった。もしかしたら学校にというより自分に対する不満だったのかもしれない。
 でも、この年になってしみじみと感じるのは、私の周りには良い友人がいたということだ。訳もなく私を貶めようとする人や、いきなり足をひっかけられて転ばされたりすることもあったけれど、素晴らしい友人もたくさんいた。
 同窓会やクラス会にいくたびに私は改めて、良かった、と思うのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年2月29日 (水)

高校同期会

 卒業以来はじめての同期会に出席。3次会まで流れて、懐かしい昔話に花が咲いた。集まったのは50人ばかり、亡くなった人も何人か紹介された。そのなかにS君の名前があった。
 S君とは1年生の時に同じクラスだった。よく彼に誘われて学校帰りに品川神社へ行った。京急沿線の駅を降りて少し歩くと品川神社、そこにはごつごつした溶岩のような石が積まれた「お富士さん」と呼ばれる小高い丘があった(今でもある)。富士山信仰の賜物、富士講の心の拠り所だ。
 大きな石の鳥居近くに登山口があった。曲がりくねった坂道の途中に「三合目」とか「八合目」などと刻まれた古い道標が立っていた。あっという間に上り詰めてしまうのだが、頂上は見晴らしがよく解放感があった。
 彼は校門を出た時からずっと話し続けているのだが、さすがに登山中は寡黙で、頂上に落ち着くとまた話の続きをはじめる。彼の話には、共産主義、マルクス、社会主義、アメリカ、戦争、というような単語がひっきりなしに出てきた。当時の私はいったい何を考えていたのか、今は少しも思い出すことができない。彼がなぜ、たいして見栄えもしない私みたいな女子学生を誘ったのかも疑問だ。彼はいつも「人類の理想は共産主義だよ、そう思わない」と聞いた。私はきっと曖昧に「そうね」と答えていたのだろう。S君は数年前に亡くなったらしいが、生涯、その考えを貫き通したということだった。
 今、記憶を手繰り寄せれば、ひとつだけ鮮明に思い出す風景がある。「お富士さん」の頂上から眺めた東京湾だ。天気の良い日は空と海が真っ青で、大きな船が品川沖をゆっくりと進んでいた。主義主張の話が途切れると、黒い船体は貨物船、白いのは客船だなどと他愛なくしゃべりあった。
 S君も亡くなり、今は海も消えてしまった。…46年の歳月が重い。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年12月 1日 (水)

中学校同窓会

 夏の終わり、中学時代の還暦同窓会の知らせが届いた。はがきには「11月の日曜日、会場は五反田のユーポート」とある。
 当日は60人くらいの人々が集まり、懐かしくも楽しい時間を過ごした。開会のはじめにすでに亡くなった友人たちのために黙禱を捧げる。若い人たちの同窓会では考えられない。
 45年前の卒業式以来の人も多い。45年間をいかにして生きてきたか。中学時代の姿と重なり「さもありなん」と思われる人と「まったく想像もしなかった」と思われる人と半々だ。「まったく想像もしなかった」人のなかには、中学時代は成績も良く人気者だった人が、いかがわしそうな不動産屋になっていたりネットセールスなどをやっていたり…。反対に、いつも先生に叱られてばかりいた子やぼんやりした大人しい子だった人が立派な医師や大企業の役員になっていたり…。
 人生は10代半ばの成績などでは決められない。確かに「栴檀は双葉より芳し」という人もいるけれど、16歳から60歳まで、どれだけ心身ともに健康で自立して生きてきたかということが、鍵なのだろう。
 話は違うが、クラス会やクラブOB会で旅行などをしている人たちもいて、とっても楽しそうだ。混浴風呂に皆で浸かったなどというコワイ話まであるが…気分だけは10代、身体がついていけなくて帰りの電車で全員が眠りこけるなどということもままあるらしい。それでも余生を楽しく過ごせれば素晴らしい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)