音楽

2013年11月18日 (月)

島倉千代子

 島倉千代子が亡くなったという。私は彼女の声が好きだった。
 学生時代、大学の生協で『島倉千代子・歌謡曲集』のLPレコードを買った(大学生協でなぜそのようなものを売っていたのかわからない)。オーケストラの友人たちに「信じられない!」といわれたが、私はけっこうそのレコードが気に入っていて、ブラームスやシベリウスの合い間にかけて楽しんでいた。
 特に好きだったのはやっぱり『東京だよ、おっかさん』で、2番の戦死した兄を懐かしむ歌詞を聞くと泣けてきたものだ。ロンドンの家に母がきて、シティーの方へ連れていった時、「ロンドンだよ、おっかさん、って感じでしょ……」といったらひどく受けたので、リージェント・ストリートを歩きながら、「久しぶりに手をひいて親子で歩けるうれしさに……」と歌った思い出がある。

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2011年12月25日 (日)

一人きりのクリスマス


 
 今夜は一人きりのクリスマス。あまり食欲がなく、チキンとサラダを少し食べて黒豆茶を飲んで夕飯を終えた。ツリーに明かりを点けてクリスマス・キャロルを聞いている。イギリスでは23日ごろから25日まで1日じゅうラジオでクリスマス・キャロルを流していた。一般の人たちからの電話リクエストに応えて、何回も同じ曲がかかる。穏やかな良い曲ばかりだが、一番好きなのは『キャンドルライト・キャロル』だ。本当に美しい曲で心があらわれるよう。
 一昨日、恒例のクリスマス会をした。4キロ半のターキーを焼いて炊き込みご飯を炊き、サラダ2種類とマカロニグラタンを作り、チーズやかまぼこやハムを切り、お嫁ちゃんたちが作ってきてくれた肉料理やパイも並べて大宴会になった。夫の母と私の母、それに長男一家次男一家、全部で12人が集まり、ケーキを食べてプレゼントを交換して大騒ぎだった。
クリスマスはキリスト教徒でなくても60年間慣れ親しんだ楽しいお祭り。バレンタイン・デーとか、ましてやハロウィンなどは親しみも薄いが、やっぱりクリスマスは良い。
 今夜は静かだ。『キャンドルライト・キャロル』をうっとりと聞いている。

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2011年9月18日 (日)

『しあわせ運べるように』・臼井真

 この夏、CDの入った1冊の本を頂いた。送って下さったのは神戸在住の息子の恩師の奥さま。筆者は小学校の音楽教師、臼井真さん。1995年1月17日早朝、阪神地方を襲った大地震を経験した臼井さんは、廃墟のなかで、まるで天からの啓示のようにひとつの曲を作りあげた。それが『しあわせ運べるように』だった。本はそのいきさつを記している。早速CDを聞いてみる。何て良い曲なんだろう…。健康的で力強く、思い遣りと優しさに満ちている。それは神戸で歌い継がれ、復興の応援歌のように人々を勇気づけてきた(神戸復興記念公園にも歌碑が建っている)。さらに今年3月11日に起きた東日本大震災の被災地でも多くの人々に歌われて心の支えとなっているという。先日NHKで「高校大学ダンス競技神戸大会」を見た。大会の冒頭に歌われていたのが『しあわせ運べるように』だった。
本の裏を返すと臼井真さんのサインがあり、私宛になっている。奥さまのお心遣いだろう。
 有難うございました。皆さまも機会があったら是非、聞いてみてください。心が洗われるような曲です。

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2011年7月 4日 (月)

吹奏楽

 昨日は、しばらくできなかった家事を徹底してやろうと朝6時に起きた。洗濯機を2回まわし、家中に散らばった本や雑誌や新聞、それにタオルやら出しっぱなしの服などを片づけて、割干し大根と人参とシイタケと油揚げと昆布の煮ものをつくり、ラッキョウの皮をむいて漬けこむ。5月末に漬けたラッキョウは皆が食べてしまったのであと少ししかない。以前漬けた鹿児島のラッキョウより今回の鳥取のラッキョウの方が大粒だ。朝9時前にそこまで終了。
 ラジオのFMからは「吹奏楽の響き」が流れている。先日、中学時代の吹奏楽部のメンバーのひとりA子が福島で被災し、彼女を慰めようと昔の仲間が集まった。10人ほどで地元ランチのあと、皆で先輩の家に行き、立派なスピーカーで久しぶりに吹奏楽のマーチを聞いた。震災後すっかり気分が沈んでいたけれど、何だかとっても元気が出た。A子も「吹奏楽は元気が出るわね」と嬉しそうだった。吹奏楽を聞きながら若い(というより子供)時代の様々な日常や思いが蘇ってきて懐かしかった。高校と大学ではオーケストラをやっていたので吹奏楽とは疎遠になっていたが、この明るさと心の高揚で改めて吹奏楽は素晴らしいと思った。オーケストラは弦楽器人間と管楽器人間が人格的にも感覚的にもどこか分裂していて違和感があったが、ブラスバンドはまとまりが良い。だからこそ50年近くも前の仲間が今でも集っているのだろう。

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2011年2月17日 (木)

『アルルの女』・品川区民管弦楽団

 ドーデの『風車小屋だより』のなかで最も有名な小品『アルルの女』。メリメの『カルメン』の南フランス版のような物語だが、カルメンは殺され、アルルの女は相手を自殺に追いやってしまうという両極端の結末だ。双方ともビゼーが曲をつけた。
 『アルルの女』の第2組曲はよく演奏されるが、なかでも『メヌエット』はフルートの名曲。私も何度かステージで吹いたが、一見簡単そうに聞こえるこの曲が、実は非常に吹きにくくて難しい。Gの音が出しにくいというフルートの欠点をついたような曲だ。
 『アルルの女』には思い出がある。1970年代、私は品川区民管弦楽団に所属しフルートを吹いていた。ある日、テレビ局から声がかかり朝の番組(モーニングショー)に出演することになった。当時の指揮者は、もとNHK交響楽団のコンサートマスター日比野あいじ先生だった。当日はビゼー作曲『アルルの女』を演奏することになり、オーケストラ曲には珍しいサックスが必要とのことで、サックス奏者だった私の妹も参加した。朝早く集合して皆でテレビ局に行った。キャスターの男性は忘れてしまったが女性は俳優の仲代達矢夫人だった。タイトルは「頑張れ、町のオーケストラ」。当時の品川区民管弦楽団は、親子や夫婦で、また姉妹や兄弟で参加している人たちもいる家庭的なオーケストラだったが、演奏はなかなかなものだった。私たち姉妹は仲代達矢夫人に「姉妹で一緒に演奏するのはどんな気持ちですか」などとインタビューされたが、妹はしらっと黙っていたので仕方なく私が答えたりした。記憶に間違いがなければ演奏したのは『間奏曲』『ファランドール』それに『メヌエット』だった。『メヌエット』のフルートのソロはさすがに緊張したが、妹のサックスとの掛け合いがはじまってほっとしたことを思い出す。妹はなりたてではあったがプロだったのでさすがに落ち着いていた。ビデオもない時代で、テレビ画面を撮った写真しか残っていないが、そんな時代もあった、と懐かしく思う。

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2010年6月 9日 (水)

タンゴが好き

 音楽は心の友だ。クラシックならシベリウスとブラームスとショスタコービッチ、演歌なら何でも、それとタンゴ。タンゴといえばスペイン語が良く似合っている。それもスペインのスペイン語ではなく南米のスペイン語。先日、ラジオを聞いていたら阿保郁夫が歌うアルゼンチンタンゴが流れてきた。迫力があって素敵だ。NHK金曜時代劇の『からくり事件帖』のテーマソング「風のタンゴ」を歌っているらしい。1937年青森県生まれ。
 日本では長いあいだヨーロッパから入ってきたコンチネンタルタンゴが主流だったが、1980年代からアルゼンチンタンゴの愛好者が増えたという。アルゼンチンタンゴは19世紀の半ばにブエノスアイレスで盛んになったらしい。私も今まで随分レコードやCDを集めたが、一番印象的なのは今から10年ほど前に買ったヨーヨーマの『SOUL OF TANGO』だ。主にピアソラの曲を演奏しているがチェロの音色と不思議によく合っている。「リベルタンゴ」を聞くと、今でも何だか胸がキュンとなる。

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2010年5月23日 (日)

海の交響曲

FMラジオから流れるボーン・ウイリアムズの『海の交響曲』を聞きながら、この曲を好きだったイギリス人のことを思い出していた。いつ聞いても人の心を高揚させるような曲だが、ちょっと大げさで前時代的かな。エルガーは別格としてもイギリス人はこのボーン・ウイリアムズとブルックナーが好きみたいだ。特に中年以上のジェントルマンにその傾向が強い。
私はどちらかというと…それほどでもない。ボーン・ウイリアムズはあまりにも自己陶酔的で、偏見かもしれないけど男尊女卑の臭いがするし、ブルックナーはもて囃されるほど才能があるのだろうか、本当にブラームスと匹敵するのかな。ワーグナーやマーラーとも違うようだし、きっとイギリス人好みなのだろう。ブルックナーはオーストリアだが、ボーン・ウイリアムズはイギリス人だから、祖国愛なのかな。

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2010年4月28日 (水)

あの頃のまま

ラジオを聞いていたら、ふと良い歌だな…と気持ちが惹かれた。いわゆる今様の若い人たちの歌ではなく、情緒があって旋律も哀調を帯びている。特にヴォーカルの男の子の声が少しハスキーで本当に可愛くて、最後までじっと聞きいってしまった。曲名は『あの頃のまま』、ブレッド&バターというふたり組が歌っているという。
早速ネットを開いて見ると、なんと還暦を過ぎたふたりの男性が歌っている。1979年の歌で、作詞作曲は呉田軽穂(呉田軽穂は松任谷由美の別名)。舞台化もされているというが、それはどうやって?どちらにしても何度聞いても20代もしくは10代にさえも聞こえてしまう若々しくて可愛い声だ、と思っていたら、当時の録音だった。それはそうだろう。
You Tubeで聞いてみてください。(知らないのは私だけ?)

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2010年1月18日 (月)

浅川マキ

浅川マキが死去、とニュースで聞いた。67歳だそうだ。
学生時代に、人に誘われてコンサートに行ったことがある。学生運動の盛んな頃で、誘ってくれた人もそっちの方の人だった。
始まりのベルが鳴り、ウイスキーグラス片手によろけながら浅川マキが登場すると会場は拍手の嵐。用意された台の上にグラスを置くとまたソデに引っ込み、今度はギターを持って登場する。濃い化粧に真っ黒なロングドレスに裸足といういでたちで、まるで怒鳴っているように歌いはじめる。
『かもめ』は、日本の漁師町にカルメンが住んでいるような歌だったが、独特な歌いぶりで、とにかくカッコ良かった。会場はどことなく左翼系の匂いのするような学生でいっぱいだった。

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2010年1月16日 (土)

冬の日の幻想

今年になってFMラジオでチャイコフスキーばかりをやっている。1840年に生まれたので生誕170周年記念なのかもしれない。
数日前、交響曲第1番『冬の日の幻想』を聞いた。チャイコフスキーが20代のはじめに作曲したものだ。私は若い頃からこの曲が大好きで、聞き始めるとつい仕事の手を休めて聞き入ってしまう。特に2楽章の美しさは何と表現したら良いだろう。目の前に大雪原が浮かんでくる。太陽は今、白い地平線に沈みかけ、どこから湧いてきたのか、霧が果てしない雪原を薄布のように覆っていく。彼方から近付いてくる黒い点のように見えるのは小さなふたり乗りの橇。微かな鈴の音が聞こえてくる。…静かなオーボエの旋律にフルートが絡みつき、やがてチェロが同じ旋律を繰り返し、最後はまるで悲しみの予感が的中したかのように怒涛のような大合奏となって終わる。
今夜はチャイコフスキーの『眠れる(森の)美女』をやっていた。そのなかのワルツはディズニー映画(アニメ)の『眠れる美女』の最後に流れる曲だ。小学校3年の時に母に連れられて映画館で観て、何て素敵な映画、何て美しい曲だろうと感激した。昭和30年代の東京…、映画館から出ると夕暮れ時の町は相変わらずの雑踏で、お伽噺とは裏腹に、これから家に帰っていつものように夕飯を食べて寝るだけだと思うと、子供ながら空しさを感じたものだった。

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